2 婚約破棄はお茶会で
次代の王を支える貴族子女の交流会という名目で開かれた王家主催の茶会。
よりにもよって、そんな茶会の席で事件は起こった。
よく晴れたその日は、春らしく気持ちのいい気候で、咲き誇る薔薇に囲まれた王宮の庭園が会場となった。
少し早めの時間に到着した私は、王宮侍女に案内されるがままに、噴水の近くの席へ着く。
暫くすると、最初は人が疎だった会場に、続々と招待客が到着し始めた。
私は同じテーブルに案内されてきたご令嬢達と軽く挨拶を交わしながら、茶会の開始時刻を待っていたのだが……。
そんな穏やかな時間は、聞き馴染みのある怒声によって一瞬で壊された。
「シェリル!!」
眉間に深い皺を寄せながら不機嫌そうに私の名を呼び、ズンズンとこちらへ近付いて来たのはヘンリー様である。
「なんなんですか? そんな大声を出さずとも聞こえますよ」
「シェリル・ハサウェイ!
お前との婚約は、今この時点をもって破棄させてもらおう!!」
私の目の前で足を止めたヘンリー様は、こちらに向かってビシッと人差し指を突き立てながら、大声で宣った。
人に指を指すんじゃないよ。相変わらず失礼なヤツだな。
容姿と学園の成績だけは一流だけど、常識がないって致命傷じゃない?
王宮の茶会に婚約者揃って呼ばれたにも拘らず、迎えにも来なかった時点でどうしたものかと思っていたけど、まさかこんな企みがあったなんてね。
しかも、ここまで派手に揉め事を起こすとは、何を考えているのやら。
この場にいる皆様からの蔑んだ視線にも気付いていないらしい。一体ベンサム侯爵家の教育はどうなっているのかしら?
心情的には間髪入れずに快諾したい所だが、アイリーンへの贈り物の時みたいに、後から捻じ曲げられた事実を吹聴されても困るし、婚約破棄を撤回されたりしたらもっと困る。
「…………一応、理由をお伺いしても?」
言質を取る為に小首を傾げてそう問えば、ヘンリー様はフンと鼻を鳴らして私を睥睨した。
「俺がお前の本性を知らないとでも思っているのか?
お前は従妹であるアイリーン嬢の美しさに嫉妬し、彼女をいつも虐げているのだろう!
そんな性根の腐った女をベンサム侯爵家に迎え入れるわけにはいかない!!」
「は?」
腰に手を当てて胸を張り、意味不明な主張をし始めたヘンリー様に、冷めた視線を送る。
取り敢えず、他家の令嬢をお前って呼ぶのヤメロ。
(ああ、嫌だわ。この状況、あの子が黙っていないわよねぇ……)
面倒な事になる予感がして頭を抱えそうになった、その瞬間。
遠巻きに私達を取り囲んでいた人垣を掻き分けて、一人の小柄な令嬢が姿を現した。
私とヘンリー様の会話に興味津々だった何人かの令息が、彼女の美貌に頬を染めホゥと小さな吐息を零す。
「お従姉様っっ!!」
大きな瞳を潤ませて、艶やかな金髪を風に靡かせながら私に駆け寄ったその令嬢の正体は、先程ヘンリー様の口から名前が上がったばかりのアイリーンである。
「アイリー……へぶっ!?」
駆け寄った勢いそのままにヒシッと強く抱き締められて、平凡な顔面を豊かな胸にギュウギュウと押し付けられる。
やめてよねっ! 更に平たくなったらどうしてくれるのさ?
愛らしい容姿に似合わずゴリラみたいな力強さである。少しは手加減して欲しい。
淑女にあるまじき変な音が口から飛び出してしまったではないか。
「あぁ、なんて事でしょう? お従姉様、お労しい。
安心してくださいませ。お従姉様の敵は私が即座に殲滅して差し上げますからねっ?
大丈夫ですからねっっ!?」
殲滅? 今、殲滅って聞こえたけど、気のせいかな?
しかも、即座にって言った?
どこらへんに安心の要素を感じればいいの?
「あ、あの。アイリーン、お手柔らかにね」
「まあ、お従姉様ったら。相変わらずお優しいのですから……」
うっそりとそう呟く彼女の眼差しには、好意というか、憧れというか……崇拝に近い熱が籠っている。
従姉妹同士なのに一方は平凡な容姿を持ち、もう一方は飛び抜けた美しさを持っている。加えて、平凡令嬢は実の父にまで冷遇されて───。
なんて話を聞いたなら、誰だって二人の令嬢の対立を期待するだろう。昔から演劇や小説などの物語では、少しずつ形を変えながら何度も綴られてきた定番の設定だし、現実の世界でも良く耳にする。
だけど、お生憎様。
私とアイリーンは非常に良好な関係性である。
いや、寧ろアイリーンは従姉至上主義でちょっと面倒臭いくらいなのだ。
「ア、アイリーン嬢?
……いや、優しいのは君の方ではないか。もう、そんな悪女を庇って我慢する必要なんてないんだよ。
俺が必ず、シェリルの悪意から君を守ってあげよう。さあ、遠慮せずに俺の手を……」
「はあぁぁぁっっ!? 悪女って誰の事ですのぉ!?」
戸惑いながらも言い聞かせようとするヘンリー様の台詞を遮り、腐臭を放つ生ゴミでも見る様な眼差しを向けたアイリーン。
怒りに燃える彼女の顔は、さながら魔王の様で……。
(ああ。ヘンリー様、死んだな)
ってゆーか、ココは『守ってあげる』の部分にポッと頬を染めて喜ぶべきシーンだと思うのだけど……。
残念ながら、その部分はアイリーンの耳には届いてないみたいね。
ドンマイ。ヘンリー様。




