1 歪な家庭
「シェリルを蔑ろにするヘンリー殿の態度は目に余ります!
父上からもベンサム侯爵家に対して正式に抗議をするべきです!!」
お父様の執務机を両手でバンッと叩き、お兄様は声を荒げた。
ヘンリー様ときたら、婚約者である私を差し置いて、その従妹のアイリーンにドレスを贈ったらしい。
アイリーンはやんわりと受け取りを拒否したというが、なにを勘違いしたのかヘンリー様は、私が圧をかけているせいでアイリーンが贈り物を受け取れないのだと触れ回った。
勿論、そんな事実はない。
ヘンリー様が誰になにを贈ろうが知ったこっちゃないが、私を巻き込まないでくれ。
シスコン気味のお兄様が憤るのも当然だし、私だって流石に我慢の限界である。
「抗議だと?
そんな事をして、侯爵家との関係が悪化し事業提携が白紙になったら、お前達はどう責任を取るつもりだ?
多少非常識な振る舞いをされたくらいでガタガタと騒ぐんじゃない。
大体にして、地味なシェリルを次期侯爵夫人にしてくださるのだから、抗議どころか寧ろ感謝すべきだろう」
お父様はお兄様の訴えを一笑に付した。
「なにを呑気な!
これは我がハサウェイ伯爵家に対する侮辱でもあるのですよ!?」
「それもこれも、シェリルが平凡な容姿で生まれてしまったせいではないか。
アイリーンの様に美しい娘であれば、私だって堂々と抗議したさ。
全く……、婚約者の一人も繋ぎ止められないなんて……」
疲れを滲ませた溜息を吐き出し、私へ侮蔑の視線を投げるお父様。
随分と酷い言われ様だが、従妹と比べられるのはいつもの事である。
今更この程度の言葉で傷付いたりはしない。
『ああ、またクズがなにか言ってるな』くらいにしか思わない。
だが、ちょっぴり短気なお兄様は我慢ならなかったらしく、憎々しげにお父様を睨み付けた。
「自分の娘になんという事を……!」
「事実なのだから仕方がなかろう」
「このっっ!!」
「お兄様っ! もうおやめになって。私なら大丈夫ですわ」
お父様に掴み掛かったお兄様を制止すると、気遣わしげな眼差しが向けられた。
「だが、シェリル……」
フルフルと首を横に振れば、お兄様は不服そうに顔を歪めながらも、お父様の胸ぐらを掴んでいた手を放した。
「わかったよ、シェリル。
もう行こう。ここは空気が悪いからね」
私はお兄様に肩を抱かれながら、執務室を後にした。
「ハァ……。我が親ながら嘆かわしい。
シェリル、父上の言葉など鵜呑みにしてはいけないよ。お前は俺の自慢の妹なのだから」
優しく頭を撫でるお兄様の言葉に、満面の笑みで応じた。
「ええ。お父様の事はもうとっくの昔に諦めておりますもの。
お兄様とお母様さえいらっしゃれば充分ですわ」
お父様は昔からああだった。
フレッカー子爵家に嫁いだ叔母様の娘であるアイリーンは、社交界の華と呼ばれる叔母様の容姿をしっかりと受け継いだ。
すれ違うだけで誰もが振り返るほどの美少女で、私のお父様のお気に入りである。
それに比べて平凡な容姿の私は蔑ろにされがちだ。
そんなお父様の態度に思う所がないわけではないが、幸いな事にお兄様とお母様は私をとても可愛がってくれている。
お陰で根性が捻じ曲がったりせずにすんだのだ。
……あれ? 捻じ曲がってない、よね? 多分。
緩い癖のある茶色の髪も、やや吊り目がちな黒の瞳も、地味ではあるが決して醜いわけではないと思う。
とは言え、やはり周囲の者達からすれば、父親にすら冷遇されている伯爵令嬢なんて、尊重するに値しない存在なのだろう。
そのせいで、私はごく一部の愚かな貴族子女から軽んじられている。
残念な事に、婚約者であるヘンリー様もそんな愚か者達の中の一人なのだ。
貴族の家に生まれた以上、愛のない政略結婚をする覚悟はできていたつもりだが、せめてもう少し誠実な相手がよかったな。
だが、格上との婚約をこちらから破棄するのは難しいし、あのお父様では状況の改善をあちらに訴える事さえしてくれないだろう。
私は諦念を込めて、深い溜息をついた。
その僅か三日後に婚約を破棄されるなんて、この時点では思いもしなかったのだ。




