17 恋バナを期待されても
「私の話はこれくらいにして、お従姉様のお話を聞かせてくださいませ」
アイリーンが好奇心にキラキラと瞳を輝かせながら、ググッと身を乗り出す。
「私の? どんな話が聞きたいの?」
首を傾げながら聞き返すと、アイリーンは「もうっ!」と、頬を膨らませた。
「マクブライド公爵令息の件に決まってるじゃないですか!
どのような方なのです?」
何かを期待する視線を向けられているが、残念ながらご期待に添える様なエピソードは特にない。
(どのようなと聞かれても……、ねぇ……)
どう答えるか考えながら、手元のティーカップに視線を落とすと、ニコラの淹れるお茶を褒めてくださった時のヴィンス様の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「ヴィンス様は……」
「まあっ! 愛称でお呼びになってますのね?」
「アイリーンが思ってるみたいな、甘酸っぱい関係じゃないのよ。
とにかく、彼は……、多分、良い人だと思うわ。
ウチの使用人にも気さくに接してくださるし、女性が仕事をする事にも、あまり偏見がないみたい」
「あらあら、ウフフ。
もうそんなお話までなさる仲になったのですね」
揶揄う様な笑みを浮かべるアイリーン。
いや、だから、そんな恋バナみたいな話ではないんだってば。
「お母様とニコラがもう完全に気を許してるみたいで、彼の前で勝手にマルベリージャムとか養蜂の話をしてしまったの。
急に話し出すから、ヒヤヒヤしちゃったわ」
「まあ、ある程度気を許すのは当然ですわよ。
だって、あのエイベルお従兄様の同僚でいらっしゃるのでしょう?
もしもお従姉様に合わない方でしたら、もっと早い段階で猛反対なさるわ」
あぁ、そうか。
お兄様が静観してるって事は、信用しても良い人だって事か。
ヘンリー様と婚約を結んだ頃は、お兄様もまだ幼くて発言権がなかったけど、今はある程度実権を握ってるものね。
「そうね。もう少し気を抜いても良いのかも。
お兄様以外の男性に対しては、どうしてもお父様やヘンリー様の反応を思い出して、肩に力が入っちゃうの」
つい思ったままを口に出したら、アイリーンが悲しそうに顔を歪める。
「あのクズ野郎、別れてからもお従姉様を煩わせるなんて……。
やっぱり投げ飛ばすだけじゃ甘かったかもしれないわ。五、六発殴っておくべきでしたわね」
そう呟くアイリーンの顔は、悪役にしか見えない。
美人の怒った顔って、迫力があって本当に怖いのよね。
「ダメよちゃんと自重しなきゃ。
貴女、普通のご令嬢と違って腕力凄いんだから、本気で殴ったりしたら息の根が止まっちゃうかもしれないわ」
「止めれば良いのでは? 同じ空気を吸っていると思うだけでも不快ですもの」
「その好戦的な思考はどうかと思うの。
貴女のお友達が言ってたギャップって、多分そういう所よ」
「あ、伯父様については、お従兄様に当主が交代したら速やかに処理しますので、ご心配なく」
処理ってなに?
心配しかないんだけど?
叔母様、悲報です。
ひと月にも及んだ謹慎生活は、全く効果がなかったみたいです。
「お父様とヘンリー様がどうなろうがどうでも良いけど、アイリーンが殺人犯になるのは嫌よ」
「ご心配いただいて嬉しいです!
でも、大丈夫ですわ。死なない程度に加減しますから!
とにかく、クズ野郎の事なんて思い出してはダメですよ。
お従姉様の脳が腐ってしまいます」
「本当に酷い言われ様ね。
でもそうね。あの人達と比べたりしたら、ヴィンス様に失礼よね」
私がそう言ったら、アイリーンはブンブンと力強く頷いた。
「そうですわ!
なんと言っても、相手は理想の貴公子と名高いヴィンセント・マクブライド様なのですから」
『理想の貴公子』とは、社交界でヴィンス様に対してよく使われている表現だ。
「うーん、でも『理想の貴公子』ってイメージとはちょっと違うのよね。
私もお話しするまでは、落ち着きがあって黙々とお仕事をなさる生真面目な方ってイメージだったんだけど、思ったよりも無邪気な雰囲気だし、時々意味の分からない発言をなさったり……」
「意味の分からない、ですか?」
「そう。
私を気遣っているのか、割と頻繁にウチに訪問してくださるのだけど、『お忙しいでしょうから、ご無理なさらず』ってお伝えしたら、『僕は殿下とは結婚しないから』って仰ったの。
お母様は意味が分かったみたいで微笑ましいって笑ってたけど、私には教えてくれないのよ」
話を聞いたアイリーンは、やや呆れを含んだ様な、なんとも複雑そうな顔をしている。
「それは……、なかなか遠回しな表現ですわね」
「アイリーンには意味が分かるの?」
「推測でしかないので、なんとも。
こういうのは、ご本人に確認するのが一番ですよ」
結局、なぜかアイリーンもヴィンス様の言葉の意味については、頑なに教えてくれなかった。




