16 従妹の進路
春も終わりに近付き、空気の匂いが徐々に変化し始めた頃。
ひと月に及んだアイリーンの長い謹慎生活が、漸く終了した。
植物園の正門前広場に私が到着した時、待ち合わせ場所に指定した女神像の傍らには、既に彼女の姿があった。
ソワソワと落ち着かない様子で前髪を弄ったり、まだ約束の十分以上前なのに何度も時計塔を見上げたりしている。
まるで最愛の恋人でも待っているかの様に頬を上気させて嬉しそうなその顔は、隣にある女神像も霞むくらいに美しい。
「アイリーン」
私が呼ぶ声に振り向き、花が綻ぶ様な笑みを浮かべる。
行き交う人々の感嘆の溜息が、微かに聞こえた。
多くの人を魅了するアイリーンを羨ましく思った事もあるけど、こんな風に無邪気に慕われたら嫌いになれる訳がない。
小走りで近付いてきたアイリーンに抱きしめられるのは最早恒例であるが、久し振りに顔を合わせるせいか、今日はいつも以上に力が強い。
「ちょ……、ちょっと、苦しい!!」
絡み付く細腕をペシペシとタップすると、パッと解放された。
「あ、ごめんなさい。嬉しくて、つい……」
ケホケホと咳き込む私の背を、アイリーンが心配そうに撫でる。
危なかった。
もう少しで胃の内容物が口から飛び出す所だった。
出来れば、変わり果てた姿の朝食と再会するのは遠慮したい。
ふと気付けば、通り掛かった人々が足を止めてこちらをチラチラと見ている。
「もう大丈夫。さ、行きましょう」
私は彼等の視線を避ける様に、アイリーンの手を引いて植物園の門をくぐった。
茶会の頃に最盛期だった薔薇は残念ながら終わりを迎えていたが、代わりに百合やジニア、ダリア、紫陽花など、多種多様な植物が元気に花を咲かせている。
巨大な庭園を巡りながら花を堪能し、歩き疲れた私達は、ラベンダー畑に併設されたカフェのテラス席で一休みする事にした。
そよ風がラベンダーの華やかな香りを運んでくる中で、紅茶とケーキを楽しむ。
「無事に謹慎が解けて良かったわね。謹慎中は何をしていたの?」
私の問いに、アイリーンは少し眉を下げた。
「ずーーーっと、お勉強でしたわ。
王太子妃殿下から『やる気があるなら女官に推薦してあげる』ってお手紙をいただいたので。
お従姉様かエイベルお従兄様がお口添え下さったのでは?」
確かに、アイリーンの将来についてお兄様と相談はしていたけど、お父様に聞かれたくない話はメモ帳を交換する形で遣り取りをしているので、なかなか話が進まないのだ。
それに具体的に動くのは、アイリーン自身の要望を聞いてからにしようって話になってた。
「私じゃないわ。
お兄様はお忙しいらくて、最近はあまりお会いしてないけど……多分、違うと思うわ」
いくらアイリーンの為でも、妃殿下を利用したりはしないだろうし。
「そうなのですか? 私はてっきり……」
「アイリーンの優秀さが認められたのだと思うけど」
「女学園の成績は一応上位に入っていますけど、元々この国のご令嬢達は勉学に励む人が少ないですし、それほど優秀という訳ではないですよ。
王宮の女官って格好良くて憧れますけど、私に出来るかどうか……」
納得行かなそうな顔のアイリーンだが、心配する必要はないと思う。
王太子殿下や王太子妃殿下は女性の社会進出を促進したいと考えているらしい。
そのせいか、近年は女性達の意識もだいぶ変わって来た。
私が通っている共学の学園でも成績上位に食い込む女子生徒が結構いるし、女学園の方も全体のレベルが上がっていると聞く。
加えて、先日のお茶会でも証明された通り、アイリーンは身体能力も高い。
王族の近くに侍る者は誘拐などの危険な目に遭う事もあるので、自分の身くらいは守れた方が良いのだとお兄様が以前仰っていた。
「王太子妃殿下は、お兄様に頼まれたくらいで実力のない者を推薦したりはなさらないわ。
そんなお手紙を頂戴したなら、誇って良いと思うわよ」
「お従姉様にそう言われると、なんだかそんな気がしてきましたわ」
「試験を受けたいなら、今後も気を抜かずに勉強を頑張らなくちゃね」
「お勉強、教えてくださる?」
「勿論いつでもいいわよ」
「ありがとう! お従姉様、大好き!」
王族の推薦があってもペーパー試験は免除にならないが、面接は免除される。
今のアイリーンの成績ならば、多分ペーパー試験も問題ないはずだ。
そして、王族の推薦がある場合、試験に受かったら推薦者に近い部署に配属されるのが慣例だと聞く。
今回のケースだと、アイリーンは王太子妃殿下付きの女官になれる可能性が高い。
汚名返上には願ってもないチャンスである。
「ところで、私の友人達にお礼状と菓子折りを送ってくださったんですって?
皆喜んでましたわ。ありがとうございます!」
先日の茶会で私達に加勢してくれたご令嬢達へ、王都で人気のお店のお菓子とお手紙を送っておいたのだ。
勿論、私の友人だけでなく、アイリーンの友人にも。
面識のないないご令嬢に贈り物をするのは、逆に迷惑がられてしまうかもしれないとも思ったけど、喜んでもらえたなら良かった。
「貴女、女学園では意外と上手くやってるみたいね。
お友達が沢山出来たみたいで安心したわ」
ヘンリー様以外にも、婚約者がいる癖にアイリーンに懸想するお馬鹿な令息は多く、彼女はその婚約者を始めとした一部の令嬢達から敵視されていた。
だから、私達はアイリーンが女学園に入ると聞いて心配していたのだ。
アイリーンとしては、敵視してくる令嬢達よりも付き纏ってくる令息達の方が鬱陶しかったらしい。
「ええ、意味はよく分からないのですが、中身と外見のギャップが面白いと言ってくださる方が多くて」
よく分からない? まさか、無自覚なの?
妖精みたいな儚げ美少女の内側にゴリラが潜んでいるのだから、そりゃあギャップが凄いでしょうよ。




