14 意外な配役
そして、複数の人間の運命が大きく変わった、あの茶会の日。
ヴィンセントは王太子やエイベルと、控え室で談笑しながら、茶会の開会時刻を待っていた。
貴族家が主催する茶会では主催者がゲストを出迎えるのが普通だが、王族が主催の場合、ゲストが揃ってから主催者が会場に入るのだ。
───コンコンコン。
突然、忙しないノックの音が部屋に響いた。
三人の視線が扉へ集中した瞬間、誰何も待たずに扉が開く。
飛び込んで来たのは、招待客の案内を任されていたはずの王宮侍女だった。
通常であれば王宮の使用人がこんな不作法を働くなど有り得ない。完全な懲罰対象である。
しかし、必死な表情の彼女を見れば、三人共不測の事態を即座に察した。
そしてこちらが事情を聞くよりも早く、彼女は口を開いた。
「ハ、ハ、ハサウェイ伯爵令嬢が、こ、こん、こん……」
「ちょっと落ち着いて」
そう声を掛けたヴィンセントに侍女は頷き、軽く深呼吸をしてから再び口を開いた。
「ハサウェイ伯爵令嬢が、婚約破棄を言い渡されました!
そして、彼女を庇ったフレッカー子爵令嬢と、ベンサム侯爵令息が激しく言い争っています!!」
彼女がこんなにも大慌てで悲鳴の様に叫んだのは、エイベルのシスコンが王宮で働く者の間では周知の事実だったからだろう。
案の定と言うべきか、報告を聞いたエイベルは、主である王太子の前であるにも拘らず「あのクソ野郎……」と、地を這う様な声色で呟いた。
「殿下、まだ少し時間は早いですが、俺はお先に会場へ向かわせていただいてもよろしいですよね?」
王太子にそう確認したエイベルの目は完全に据わっている。それは質問というより、ほぼ断定だ。
「いや、私達も一緒に行こう」
有無を言わせない雰囲気に、王太子も苦笑しながら腰を上げた。
それに倣ってヴィンセントも立ち上がり、三人は急ぎ足で庭園へと向かった。
会場に着くと、噴水の近くには大きな人集りが出来ていた。
「き、貴様、今この俺に何をしたっ!?
こんなに乱暴な女だったなんて……!
侯爵家の人間に危害を加えて、無事で済むと思うなよ!!」
人垣の中から聞こえて来たのは、ヘンリー・ベンサムが憎々しげに女性を恫喝する声。
(想像していたよりも事態は深刻らしいな)
王宮の規律を守る為に急ぎ足に留めていたのだが、全速力で走るべきだったかもしれないと己の判断を悔いた。
だが、王家の催しでここまで大きな騒ぎを起こす馬鹿がいるなんて、誰が想像出来ただろう?
しかも人垣に駆け寄ると、ヒソヒソと囁き合う見物人達の会話から、信じられないくらい不穏な内容が耳に届いた。
「おい見たか? 投げ飛ばしたぞ。凄いな」
隣の男にそう話し掛けた奴は、少し面白がる様にニヤついている。
「ああ、大丈夫なのか? アレは」
「お前達は良いよなぁ、背が高いから。
俺なんて前の奴等の間からチラッとしか見えなかったんだぞ」
「あんなタイプだったなんて……俺、ちょっとショックだよ」
(はぁ!? 投げ飛ばしただって?
被害者はシェリル嬢か? それともフレッカー子爵令嬢か?
どちらにしても、怪我の程度が心配だ。もしも令嬢の顔に傷でも残ってしまったら……)
当たり前と言えば当たり前だが、この時点でヴィンセントが想像していたのは、激昂した女性のどちらかがヘンリーに掴みかかり、逆に投げ飛ばされてしまった。……みたいなシチュエーションだったのだ。
そんな大変な事件を、まるでエンタメを消費するかの如く楽しんでいる令息達の会話に、言い様のない怒りが湧く。
その内の一人の肩を、ポンと叩いた。
「なんだよ、今良い所なの、に……」
ボヤきながら振り向いた彼は、ヴィンセントを見てヒュッと息を呑む。
「なんの騒ぎだ?」
王太子が発した不機嫌な声で、周囲の者達もその存在に気付き、道を譲る様に移動しながら臣下の礼をとる。
人垣が割れ、騒動の源が露わになった。
そこで三人が目にしたのは、情けない姿で地面に座り込むヘンリー・ベンサム。
そして、陽光に煌めく噴水の雫をバックに、ヘンリーを冷ややかに見下ろす、二人の令嬢の凛とした姿。
(そっちかよっっ!?)
ヴィンセントが思わず脳内で激しく突っ込んだのも、……まあ、無理からぬ事だと思う。




