13 思わぬ拾い物
ヴィンセントは、歴史あるマクブライド公爵家の三男として生まれた。
長兄はとても優秀で、次兄もスペアとしての能力は充分過ぎる程であった。
まあ、次兄本人は頭脳労働よりも武術の方を好んでいるみたいだが……。
そんな訳で、三男のヴィンセントに公爵家当主の座が巡ってくる確率は、限りなく低かった。
それなのに───。
「お兄様方よりも、ヴィンセント様の方が当主に向いていると思うの!」
幼少期に、初めて見合いをした時の相手の言葉である。
無邪気な褒め言葉だと思えれば良かったのかもしれない。
だが、ヴィンセントはそれまでの会話の中でも、彼女の言葉の端々に権力欲みたいな物を感じていたので、『隙を見て二人の兄を蹴落とせば良いじゃない』という意味として受け取った。
彼女は伯爵家の後継であったが、公爵夫人になれるのならば、後継の座は妹に譲ろうとでも思っていたのだろう。
結局、彼女との縁談は成立しなかった。
勿論たった一つの失言が原因ではなく、会話全体の内容や所作などからの総合的な印象による所が大きい。
父母もヴィンセントのその判断を支持した結果である。
その後も何度か縁談は持ち込まれたが、同じ様な事が続いてしまい、いつしかヴィンセントは軽い女性不信に陥ってしまった。
ただ、彼女達が夫となる男の地位に執着してしまう気持ちも、分からなくはないのだ。
この国は女性にとっては、少々生き辛い国だから。
そんな現状を少しでも変えられたらと勉学に励む内に、王太子に目を掛けてもらい、卒業後は学友だったエイベル・ハサウェイと共に、王太子の側近に指名された。
そして、側近として忙しく過ごしていたある日の事。
いつもの様に出仕したヴィンセントは、王宮の廊下にポツンと落ちていた革張りの表紙のメモ帳を拾った。
キョロキョロと見回してみても、周囲には誰の姿もない。
勝手に中を見るのは憚られるが、落とし主が全く分からない中で、なにか少しでも手掛かりが欲しいと思い、適当なページを開いてみた。
そこには流麗な文字でこう記されていた。
『じゃあ、最初から低い木に育てれば良いのではなくて?
確か、他国ではそういう栽培方法があるらしいですよ。『根刈り』と呼ばれる方法なのですって。
今度資料を探しておきますね』
筆跡や言葉遣いから見て、おそらくこれを書いたのは女性だろう。
これだけではなんの話なのかまでは読み取れないが、手紙みたいに誰かに話し掛ける様な文体からして、もしかしたら交換日記的な物なのかもしれない。
だとすれば、これはどんな質問に対する返答なのか? それも気になったから、次のページではなく一つ前のページを開いてみた。
すると予想通り、先程とは別の筆跡が現れた。
しかもそれは、ヴィンセントの知っている人物の字だったのだ。
『高齢化のせいか、最近桑の葉の収穫の際に梯子から転落する事故が増えて困っているんだ。
医療費の助成を検討するべきだろうか?』
謎の女性にそう相談する文章を書いたのは、おそらくヴィンセントの仕事仲間のエイベルだ。
女性の地位が低いこの国において、こういった会話を普通に出来る女性は非常に希少だ。
他のページも読んでみたい衝動に駆られたが、当初の目的が達成された以上もうやめておくべきだと、断腸の思いでメモ帳を閉じた。
(まあ、エイベルに聞けば『彼女』の正体は直ぐにでも判明するだろう。
出来れば一度会って話してみたい気もするが、もしも『彼女』がエイベルの恋人だったら、会わせてもらえないかもな。
アイツ意外と嫉妬深そうだし……)
などと呑気な事を考えて、小さく笑みを零したりしていたのだが、生憎この後の展開はヴィンセントの思惑通りには進まなかった。
ヴィンセントが扉を開くと、王太子の執務室は、いつも以上にピリピリとした空気が漂っていた。
特に、エイベルの席から。
手を滑らせコロッと転がった万年筆に、「チッ」と舌打ちしたりしている。エイベルがこんなに苛立ちを露わにするのは珍しい。
ヴィンセントは、チラリと自分の手の中にある小さなメモ帳に視線を落とす。
(もしかして、コレのせいか?)
そんなに大切な物ならば早く返してやらねばと、エイベルの肩を叩く。
「これ、廊下に落ちてたぞ」
そう言いながらメモ帳を差し出すと、エイベルの顔が一気に青褪めた。
「ありがとう」
礼を述べながら、受け取ったメモ帳をそそくさと上着の内ポケットへ隠す様にしまう姿に、なんとなくその理由を察した。
(女性が男性と同じ様な仕事をするのが良しとされない風潮の中で、もしかしたら『彼女』は、自身の能力を隠しながら生きているのかもしれないな)
謎の女性の正体を聞くのは諦めて、そのまま踵を返そうとしたが、エイベルに腕を掴まれた。
「…………中を、見たか?」
「ああ。誰の物なのか調べる為に。
開いたら直ぐにお前の字だって分かったから、他は見てない」
サラリと返した言葉を聞いて、エイベルが明らかな安堵の表情を浮かべたので、ヴィンセントは自身の判断が間違いじゃなかったと感じた。
小さな嘘をついたのは、『彼女』の為。
(見なかった事にして、忘れよう)
そんな決意とは裏腹に、頭の中には何度もあの流麗な文字が浮かんでは消えていた。




