11 不可解な感情
ヴィンス様の言葉の意図を量りかねて困惑していると、背後から「フフッ」と小さな笑い声が聞こえた。
振り向いた先にいたのはお兄様に似た面差しの壮年の女性。そう、私達のお母様である。
「あら、ごめんなさいね。
二人の仲が良さそうで、微笑ましくて」
え、待って? どの辺が?
「そう見えるのでしたら、とても嬉しいですね」
お母様が姿を現すやいなや、気が抜けた様だった表情を引き締め、完璧な貴公子の仮面を貼り付けるヴィンス様。
切り替えが早い。
二重人格ですか?
「ええ、見えますとも。あの勘違い男とは大違いですわ」
その『勘違い男』って、もしかしなくてもヘンリー様の事ですね。
「それで? お母様はなにかご用がお有りだから、こちらへいらしたのでしょう?」
微かに目を眇めながら問えば、お母様は悪戯っぽいウインクを返した。
「嫌ねぇ、シェリルったら。
素敵な婚約者とのデートを邪魔されたからって苛立っちゃって。
そんなに急かさなくても、すぐに二人きりにしてあげるから安心なさい」
揶揄う様にそう言って、私の頬をツンツンとつつくお母様。
違う。そうじゃない。
ってゆーか、まだ婚約者じゃないし。
「そういうの要らないですから、早くご用件を」
お母様の手をペイッと払い退けた。
お母様が、ヘンリーやお父様に冷遇される私を心配して、何度も抗議をしてくれていた事は知ってる。
その半分が解決して、とても喜んでくれている事も。
だけど、私がちょっと冷たい態度になってしまうのも仕方ないと思うの。
親にこういう絡まれ方をするのって、思春期の女子としては、とっても面倒臭いでしょう?
お母様は私の冷たい態度を気にも留めない様子で、ニコニコしながら口を開いた。
「あのね、今日はヴィンセント様がいらっしゃるから、料理長が特別に、シェリルが作ったマルベリージャムを使、ムグゥッ───!?」
「ぅわあぁぁぁぁ!! お母様っ!
そ、そ、そのお話は、ここではちょっと……」
慌てて立ち上がり、お母様の口を両手で塞ぐ。
無邪気な顔して、いきなり何を言い出すんだ。
その件については、お父様を除いた家族とアイリーン、それからごく一部の使用人しか知らない秘密じゃないか。
チラリとヴィンス様を窺うと、彼は困ったように笑っていた。
「シェリルが作ったマルベリージャムを使った、なんでしょうか?」
聞かれてた。
聞かれたくない部分、全部バッチリ聞かれてた!!
ああぁ、終わった…………。
ガックリと項垂れながら、諦めて手を下ろすと、お母様は自由になった口を再び開いた。
「あのね、料理長が、マルベリージャムに合うチーズケーキを作ってくれたのですって。
もしもお嫌いじゃなかったら、ヴィンセント様も召し上がってみてくださらない?」
「ありがとうございます。
マルベリーは初めて食べますが気になっていました。チーズケーキも大好物なので、嬉しいです」
「あら、本当に? 良かったわ」
お母様が嬉しそうにニコラへ目配せをすると、彼女は軽く頷きを返して、厨房の方へそそくさと消えた。
「じゃあ、ヴィンセント様、ごゆっくりなさって」
そう言い残して悠然と去っていくお母様の背中を見送りながら、私は深い溜息を吐き出した。
一気に疲れた。嵐の様だった。
おっとりしていて可愛らしい、いかにも箱入り娘っぽいお母様は、アイリーンとはまた違ったタイプの自由人なのだ。
「楽しみだなぁ、シェリルのマルベリージャム」
ニコラが淹れたお気に入りの紅茶を飲みながら微笑むヴィンス様。
「…………実際に作ったのは、菓子屋ですわ」
ベンチに座り直しながら、俯き加減でポツリと呟く。
「うん。そういう意味じゃないって事は、知ってる。
ハサウェイ領のマルベリージャムは、最近は王都でも話題になりつつあるもんね」
「……ええ、まあ」
「ヨーグルトやパンケーキに合わせると、絶品なんだって聞いてるよ。
僕の母上も気になってるみたいで、取り寄せようとしたんだけど、売り切れ続きでまだ手に入ってないらしいんだ。
そのジャム作りに、シェリルが携わってるって事でしょ?」
その問い掛けに、私の肩がピクッと小さく震えた。
『フンッ。女のクセに領地の産業にまで口を出すとは、生意気な』
まだ私が幼かった頃、ふと思い付いたアイデアを、うっかり口にしてしまった際に、お父様から向けられた言葉である。
お父様の言葉は少し極端ではあるが、この国は女性の社会進出が遅れているので、同じ様な考えを持つ人は意外な程多い。
もしも、ヴィンス様もそういう考えをお待ちの方だったら?
またあの時みたいな言葉を吐かれる?
それも仕方がないかもしれないけど……。
ああ、でも、なんか……、
この人には、嫌われたくなかったなぁ。
そんな考えが一瞬だけ浮かび、自分でも驚いた。
早い段階でヴィンス様を婚約から解放するには、ここで嫌われるのが正解かもしれないって、頭の片隅では分かっているはずなのに。
どうしてこんな気持ちになるの?




