10 訪問の頻度
あの翌々日には、私とヘンリー様の婚約はアッサリと破棄された。
異例のスピード婚約破棄である。
まあ、双方の当主がサインせざるを得ない状況だったのだから、そりゃそうなるよねって感じでもあるけど。
アイリーンとは、残念ながら、あれから会えていない。
申し訳ない事に、彼女は騒動の件について両親から厳しく叱責され、謹慎を言い渡されてしまった。現在も、通学以外は外出が許されず、プライベートでは誰とも会えない状態が続いている。
そんな中、私は、アイリーンに庇ってもらった事へのお詫びとお礼にフレッカー子爵家へ伺った。
叔母様ご夫婦は、私に対しては怒っていらっしゃらなかった。寧ろヘンリー様の方に腹を立てているらしく、アイリーンが一方的に悪かった訳ではない事も理解してくれていた。
それでも、アイリーンには軽はずみな行動を反省させなければいけないので、今は私とは会わせられないと言われた。
手紙のやり取りだけは許されているみたいで、『会いたい。寂しい』という便りが毎日の様に届く。
『私の代わりに怒ってくれたのは嬉しいけど、自分の評判を落とす様な事をされるのは悲しい』『謹慎が解けたらお出かけしましょうね』と、こちらも毎日の様に返信を出したら喜んでくれているみたい。
実質なかった事になったとはいえ、今回の事件がアイリーンの将来に及ぼす影響は大きいだろう。
少しでも助けになれる様に、お兄様に相談しておかなくちゃ。
ヘンリー様からも何度か手紙が届いたが、封も切らずに送り返したので内容はわからない。
謝罪なのか言い訳なのか……、いや、多分見当違いの苦情だろう。
ウチと侯爵家の事業提携は婚約破棄によりご破産になったが、そちらについても慰謝料が入るので、お父様のご機嫌はさほど悪くないみたいで、八つ当たりはされていない。
というか、マクブライド様の存在が抑止力となっているらしく、私への理不尽な言葉が急激に減少した。
ただ、マクブライド様との正式な婚約はまだ結べておらず、一応『婚約者候補』という中途半端な立ち位置になっている。
その件についてはお父様の意見は関係なく、世間体を考えたお兄様とあちらのご両親のご意向だ。
あれだけ派手に婚約を破棄したのだから、騒ぎが鎮まるまで、半年くらいは間を空けた方がいいだろうとの判断である。
すぐに婚約を発表したら侯爵子息から公爵子息に乗り換えた、だなんて言われかねないから。
私も彼も、その判断には異論はない。
というか、私としては、『候補』でいる間に彼を解放してあげられたら一番いいんじゃないかって、ちょっとだけ思っていたりする。
思っていたり、するのだが───。
初めての訪問から丁度二週間が経った今日、マクブライド様はまたしてもハサウェイ伯爵邸を訪れていた。
あれから週に二回以上のペースで足繁く通ってくれているのだ。
私達は今日もあの日と同じガゼボで、のほほんとお茶を飲んでいる。
「マクブライド様」
「ヴィンスでいいよ。
ファーストネームもファミリーネームも長くて面倒でしょ?
親しい人間は皆そう呼ぶし」
そう言って微笑む彼の言葉からは、いつの間にやら敬語が抜けている。
たった二週間の間に、彼は私の前でもかなり気を抜いた態度を見せる様になった。
「いえ、恐れ多いので」
「ハハッ。恐れ多いって大袈裟な。
どうせすぐに婚約するのだから、構わないでしょ」
「いえ、マクブ───」
「ヴィンス」
食い気味に訂正されて、結局、面倒臭くなった私が折れた。
「ヴィンス様」
「ん? なに?」
マクブライド様改め、ヴィンス様は要求が通ったせいか、ちょっと得意げに微笑む。
素のヴィンス様は、公の場で見る姿よりも、なんだかちょっと子供っぽい印象を受ける。
「あの、訪問の周期が少々短いのではないでしょうか?」
「え? そうなの?
標準的な頻度がよく分からないけど、まあ、長いよりは良いんじゃない?
それに、僕、気に入ってるんだよね」
「なにを?」
首を傾げながら問えば、ヴィンス様はスッと手の平でニコラを示した。
「彼女の淹れる紅茶。
凄いよね、ウチの侍女達より上手いんだよ?」
「まあ、光栄ですわ」
そう言って控えめにオホホと笑うニコラ。
『光栄ですわ』じゃないよ。
猫被っちゃって。貴女、普段そんなキャラじゃないじゃない。
まあ、良いですけどね。
ニコラを褒められるのは、私も嬉しいですけどね。
「私としては、ウチにいらしてくださるのは構わないのですが、お仕事お忙しいのでしょう?
兄を見ていれば分かりますから、お体を大切に、ご無理はなさらないでくださいませ」
「うん、ありがとう。
確かに仕事は忙しいけど……ほら、僕は殿下とは結婚しないから」
どーゆー理屈ですか!?




