第三章 禁忌の交わり
この閉鎖されたマンションの一室で、彼と私が『血の契約』を結んでから三年という月日が流れた。
私たちの関係は、飼い主とペット、あるいは神と信者のように、完璧な均衡を保っていたはずだった。
しかし、ある狂おしい熱帯夜。月に一度の儀式の最中に、その均衡は唐突に、そして決定的に崩れ去った。
「……んっ、あ……」
いつものように、下腹部を締め付ける痛みが最高潮に達した夜。彼は私の足元にひざまずき、私から流れ出る命の残骸を貪っていた。
粘着質な咀嚼音と、血をすする水音が響く。痛みの物質が吸い取られ、心地よい安堵感が広がる――はずだった。
だが今夜は違った。彼が血を啜るたびに、痛みの代わりに、下腹部の奥から焼け付くような熱が全身に広がっていくのを感じていた。
チュプ……ジュル……。
突然、彼の動きが止まった。
いつもなら、私が流す血の一滴すら残さず舐め尽くす彼が、顔を上げたのだ。
口の周りをべっとりと赤く染めた彼は、荒い息を吐きながら、血走った瞳で私を見つめていた。その目には、いつもの「血への渇望」だけではない、別のどす黒い炎が揺らめいていた。
「……どうしたの? まだ、あるわよ」
私が熱を持った声で囁くと、彼は震える声で答えた。
「足りない……」
「え……?」
「死んだ血だけじゃ、もう足りないんだ……! 君のすべてが、君の熱が、生きた肉体が……狂おしいほど欲しい……ッ!」
彼は呻き声を上げると、獣のように私に覆い被さった。
それは、私たちが決して超えてはならない一線だった。
私たちは「生きた人間」と「血を奪えない怪物」だからこそ、排泄される『不要な血』を介してのみ繋がることが許されていた。生きた肉体同士で交わってしまえば、この完璧で歪な主従関係は崩壊してしまう。
「だめ……ッ、私たちは、これ以上……」
私は弱々しく抵抗しようとしたが、彼に強く抱きしめられた瞬間、その言葉は甘い吐息に変わってしまった。
彼の冷たい指先が、私の肌を這う。
彼が顔を近づけ、私たちの唇が初めて重なり合った。
生温かい、鉄と錆の匂い。彼が先ほどまで貪っていた、私自身の血の味が舌の上に広がる。
生きた私の血が、彼の唾液と混ざり合い、再び私の体内へと戻ってくる。そのおぞましくも美しい循環に、私の理性は完全に焼き切れた。
「ああ……あなた……ッ」
「君を、俺の中に取り込みたい。俺のすべてで、君を満たしたい……」
彼は私の衣服を完全に剥ぎ取り、自身の冷たい肌を私の熱を持った肌に密着させた。
私たちの間には、まだ生々しい経血が潤滑油のように広がり、二人の体を赤く染め上げている。
それは、彼にとって至高の食事であると同時に、新しい命を拒絶した証でもあった。
だが、今の私たちは、本能のままに生きた肉体を激しくぶつけ合わせていた。
彼が私の一番深い場所へと侵入した瞬間、脳が真っ白になるほどの快感と、絶対的な禁忌を犯してしまったという背徳感が同時に押し寄せた。
「ああっ……! ん、あぁっ……!」
「はぁっ、はぁ……っ、君が、生きてる……俺の中で……ッ!」
月の光が差し込むベッドの上で、血にまみれた二つの肉体が激しくうねる。
血を介した儀式から、生と生が直接混ざり合う交わりへ。
彼は私の痛みを奪うだけでなく、私という存在そのものを喰らい尽くそうとするかのように、何度も、何度も深く打ち付けてくる。私もまた、彼の冷たい背中に爪を立て、彼を私の一部にしてしまいたいと強く願った。
私たちは気付いていなかったのだ。
不要になった命の残骸(血)だけを分け合っていた私たちが、こうして「生きた交わり」を持ってしまったことが、後にどれほど残酷な運命を引き寄せるかに。
血と汗、そして愛欲にまみれた長い夜。
私たちはお互いの限界が来るまで何度も重なり合い、決して引き返せない禁忌の底へと、一緒に堕ちていった。




