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解剖台の継承者 ――殺された解剖医は、胃の中に最後の証拠を残した  作者: 二条理|アコンプリス


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第五章 それぞれの夜

 夜の捜査は、昼より人間が出る。

 昼は肩書きが先に働く。だが日付が変わり、廊下の灯りが減り、庁舎の窓に外の黒だけが映るようになると、肩書きの縁から少しずつ人間が漏れる。腹の減り方、コーヒーの飲み方、黙る時の長さ、電話をかける相手、かけない相手。そういうところに、その人間が何を怖がり、何を信じ、どこで躓くのかが出る。

 九条雅紀の死は、そういう夜を何人分も作っていた。

      *

 松本博則は、紙コップのコーヒーを捨てるタイミングが昔から少し遅い。冷めたと分かってからもしばらく持っている。手に何かあると、考えが机へ全部こぼれないからだ。

 刑事部の会議室を出て、廊下の隅の窪みへ立った時も、松本はぬるくなったコーヒーをまだ持っていた。

「松本警部」

 呼んだのは木下海だった。歩き方だけは妙に速い。だが駆け寄る寸前で必ず一度だけ速度を落とす。勢いのまま人の懐へ入らないように、どこかで自分を絞っている。

「真壁さん、資料室にいるって聞いたんですけど」

「いるよ。お前の顔、まだ事件の中だな」

 木下は返事をせず、代わりに肩をすくめた。

 そこへ真壁が来た。廊下の角を曲がる時に足音が一度だけ止まり、次に出る。考え事をしたまま歩く人間の足音だった。松本はその音を聞いた時点で、真壁がまだ何かを掴み切れていないのを知った。

「三人揃うの珍しいな」

 松本が言うと、真壁は短く息を吐いた。

「対策本部の会議で顔あわせたばかりじゃないですか」

 言って丸椅子を引き寄せる。

 松本は冷えたコーヒーを一口飲んだ。

「九条の話、するか」

 言うと、木下が少しだけ顔を上げた。真壁は壁に背を預けたまま黙っている。

「お前ら、あいつとの付き合い方が違っただろ。感情がどこに噛んでるか分からんまま推理すると、あとで全部歪む」

 木下が先に口を開いた。

「俺、九条先生のこと、怖かったです」

「怖かった?」

「嫌いとかじゃなくて。……死体見てる時の目が、人を見る目より優しい時があるんです」

 真壁の視線がそこで少しだけ動いた。

「現場で会うと、ちゃんとこっちの話は聞くし、説明もする。でも、死体に向いてる時のほうが迷いがない。だからたまに、俺ら生きてる側は、あの人にとって全部あとなんだろうなって思ってました」

 松本は短く頷いた。たぶんかなり正しい人物評だった。

「それで?」

「だから、最後に残した血文字も、助けてほしいって字じゃない気がするんです」

 木下は言ってから少し困った顔をした。

「普通、死にかけてたら犯人の名前とか、頭文字とか、そういうのじゃないですか。でも九条先生、そういう人じゃない気がして」

「じゃあ何だ」

 真壁が低く聞く。

「……試してる感じですかね」

「試す?」

「犯人に向けてじゃなくて、残された側に。誰がどう読むかを見るための字っていうか。九条先生って、人名をどんと残すタイプに見えないんです」

 真壁は黙ったまま木下を見た。松本には、その沈黙が完全な否定ではないと分かった。

「お前はどうだ」

 松本が真壁に向ける。

 真壁は少し離れた窓の黒を見てから言った。

「俺は、あいつが最後まで説明しない人間だってことだけは知ってる。必要なとこしか置かない。拾えない相手は最初から勘定に入ってない。だから、あの字が“これが犯人です”の意味とは思ってない」

「じゃあ“ま”は何です」

 木下の問いは素直だった。

 真壁は答えず、松本が代わりに言う。

「お前ら、最初から字を信じすぎだ。血文字が被害者本人の意図どおりに残ってるとは限らん。崩れた時点で別の字になってるかもしれんし、そもそも完成してないかもしれん」

 松本はようやくコーヒーを捨てた。

「“ま”だと思うから真壁に見える。“ほ”だと思うから本郷や堀島に見える。“き”なら木下だ」

 木下が少し肩を引いた。

「俺ですか」

「候補は何にでもなるって話だ」

 松本の言い方は軽かった。軽いのに、木下の喉が小さく動く。

「でも、腹部の損傷とか、吐かせようとした痕とか、医学知識がいるんじゃ……」

 真壁が言いかけると、松本は首を振った。

「飛びすぎだ。いま分かってるのは、犯人が身体を知っていた可能性が高いって段階だ。誰が知ってたかまでは一段ある。医務院の人間に見せたい打ち方の可能性もある」

 木下は黙った。

「じゃあ松本警部は、内部犯じゃないと思ってるんですか」

「思ってるとは言ってない。俺はいま一番危ないのは“わかった気になること”だと思ってる」

 松本は壁へ背を預けた。

「九条の死に方は派手だ。血文字もある。凶器も外。腹を執拗にやられてる。こういう事件は、人が勝手に意味を足したがる。そこへ自分の知ってる九条像まで乗せて、“あいつならこうする”で全部を繋げる。そうやって間違える」

「じゃあ九条の人物像を切り離して見るんですか」

 真壁が聞く。

「完全には無理だ。だが寄せすぎるな。お前は特に寄せる」

 真壁は返さなかった。その沈黙で充分だった。

 木下が、少し躊躇ってから言った。

「俺、別の読みも少し考えてました。九条先生、自分で途中まで書いてわざと崩したとか」

 真壁が初めて、はっきり木下を見た。

「わざと?」

「はい。犯人名に見せかけて、そうじゃない方向へ引っ張るために」

「変ではない」

 真壁が言った。声には、少しだけ考えを直す硬さがあった。

「ただ、九条がそこまで計算してるなら、それはもう普通のダイイングメッセージじゃない」

「最初から普通じゃないだろ」

 松本が言うと、木下が少しだけ笑った。

 今日初めて、三人の間で空気が一段だけ軽くなった。だが長くは続かなかった。木下がふと思い出したように言ったからだ。

「真壁さん、九条先生って、食べるの遅かったですよね」

 真壁の目がほんのわずかに動いた。

「何だ急に」

「亡くなる日の昼、味噌汁だけ先に飲んで、固形物を後に回してたんです。今思えば、胃が弱かったとか、そういうことですかね」

 真壁は答えなかった。松本が代わりに言う。

「今、腹部と胃の話が出てる以上、そういう細かい癖も後で効く」

 松本はそう言って真壁を見た。真壁はわずかに視線を逸らした。もう少し先の線に触れている顔だった。だが、いまここで言わせる気はなかった。

「今日はここまでにしろ」

 松本が言った。

「お前ら、どっちも目が死んでる」

「松本警部もですよ」

 木下が言うと、松本は少しだけ鼻で笑った。

「俺は元からだ」

 それで会話は切れた。

 だが三人とも、別れる瞬間まで同じことを考えていた。九条が残したのは一文字ではなく、残された側の飛び方そのものかもしれない、と。

      *

 医務院へ戻る車の中は、夜が深くなるほど会話の置き方が難しくなる。外は黒い。信号だけが規則的に色を変え、フロントガラスにはその色が薄く映ってすぐ流れる。

 堀島岳斗が運転席に座り、本郷剛史は助手席で窓の外を見ていた。会議の帰りだった。何を言うかではなく、どこまで言うかを互いに測っている時間が先に車内へ乗ってくる。

 最初に口を開いたのは堀島だった。

「真壁警部補、変でしたね」

 本郷は一拍だけ置いてから言った。

「今日、変でない人間のほうが少ない」

「そういう意味じゃなくて。何か持ってる顔でした」

「君もそう見えたか」

「見えました。副院長、真壁さんに渡したんですか? あのラミネート片」

 踏み込み方が直線だった。若いくせにそこだけは妙に躊躇がない。

「聞く必要があるか」

「あります」

 返事も速い。本郷は笑わなかった。九条がそばへ置いた理由が、こういうところにある。人の顔色は読む。だが、読むだけで引き下がらない。

「仮に、真壁警部補が何かを先に持っているとして。それで何を疑う」

 堀島は少しだけ考えて、平らな声で言った。

「一つは真壁犯人説です」

 本郷は眉を動かさなかった。

「続けろ」

「血文字が“ま”に見える。被害者が最後に残した受取人も真壁警部補一人。会議でも、広報や本部へすぐ共有しない。抱え込んでる。九条先生がもし死後の順番を設計する人なら、真壁さんだけを選ぶのは自然です。でも逆に、あまりにも自然すぎる」

「自然すぎる、か」

「はい。幼馴染で、刑事で、拾う側の人間で、血文字が“ま”。出来すぎてます」

 本郷は短く息を吐いた。

「二つ目は」

「二階堂さんです」

 本郷は窓の外へ視線を戻した。

「理由は」

「情報の流し方です。会議でも会見でも、断定させないようにしていた。正しい。でも正しすぎる。情報の順番を変えられる人間は、事件の向きも変えられる」

「広報の仕事だ」

「はい。でも、九条先生はそういう人を最後に選ばない気がします。順番を整える人じゃなく、崩れたまま持つ人を選ぶ。だから逆に言えば、選ばれなかった二階堂さんには動機ができる」

「君は人間を整理しすぎる」

「整理しないと見えないので」

 堀島の返しは淡かった。

「だが結局、二人とも違う可能性が高いとも思ってます」

「何故だ」

「疑わせるにはちょうどいいからです。“ま”で真壁さんへ寄せる。情報操作で二階堂さんへ寄せる。その間に本命は別にいる。九条先生なら、それくらいはやります」

 本郷はそれを聞きながら、車窓に映る自分の輪郭を見た。街灯の光で一瞬だけ浮かび、すぐ消える。運転席の若い解剖医は、かなり危ういところまで来ている。だが、副院長にまではまだ綺麗に届いてはいない。

「本命は誰だ」

「医務院の中にいるかもしれない。けど、いまはそこまで言えません」

「言えないのか、言わないのか」

「どっちでもいいです」

 若いくせに、嫌な答え方をする。本郷は胸の内側でそう思った。

「副院長はどう見てます。真壁犯人説、二階堂犯人説。どっちがまだ筋が通ると思いますか」

 本郷は少しだけ目を閉じた。本来ならば、捜査を進める立場にはいない。だが、そうしなかった。

「真壁と二階堂なら、二階堂のほうが、人を動かす力はある。情報の順番を変えることで事件の向きを変えられる。九条がそこを警戒していた可能性はある」

「真壁さんは」

「抱える。抱えてから出す。自分で噛み砕けるまで渡さない。だから今夜の顔も説明がつく」

「犯人じゃなくても、中心にいる顔だった」

「そうだ」

 その一言だけで、会話は少し冷えた。

 しばらくして、本郷は窓の外を見たままぽつりと言った。

「雅紀は、俺の後をやる男だと思っていた」

 堀島の手が、ハンドルの上でわずかに止まる。

「左利きで、立つ位置も器具の受け方も全部逆だった。最初は皆がやりづらがった。だが一度あいつの順番に慣れると、今度は他では合わなくなる。喘息があっても、平気な顔をして台の前に立つ。終わってからようやく壁にもたれる。そういうところまで含めて、あいつは自分の仕事を崩さなかった」

 信号の光が本郷の頬を流れていく。

「いずれ俺は一歩下がるつもりだった。あとを任せて、横で見ていればいいと思ってた」

 車内がしばらく静かになった。

 堀島はやがて低く言った。

「評価していたんですね」

 本郷は返事をしなかった。返さないこと自体が答えに近かった。

「君は雅紀を慕っていたな」

 軽い言い方だった。だが堀島の肩がほんのわずかに固くなった。

「それだけじゃありません。届く位置に行きたかったんです」

 その声は、これまでのどの声より低かった。

 信号待ちで車が止まる。赤い光がフロントガラスへ乗る。堀島の視線は道路を見たままだったが、本郷はその横顔に十年前の時間を一瞬だけ想像した。

 大学の解剖実習室。薬品の匂いと、金属の冷たい光。堀島はその日の実習の途中で倒れた。珍しいことではない。だが、九条だけが騒がなかった。

 床に座り込んだ堀島の横へしゃがみ、淡々と脈を取り、顔色だけを見て、水を一本置いた。

「無理して立たなくていい」

 それだけ言う。

 慌てて背をさすったり、慰めたりはしない。

「通る道だ」

 九条はそう言って、必要以上を一つも足さなかった。

 あの時、堀島はむしろ呼吸を整えられた。騒がれないことが、変に救いだった。必要最低限の対応だけで済ませられたのに、雑に扱われた感じはしなかった。あれ以来だった。堀島が九条を見続けるようになったのは。

 立ち位置。器具の受け方。言葉の削り方。カルテの余白の使い方。記録の速さ。何を言わないか。何を置かないか。

 堀島は、九条を追った。実習室でも、医局でも、解剖台の脇でも、ただ見るようになった。見て、真似した。立つ位置を寄せ、器具の受け方を合わせ、言葉を削った。余計な一言をなくし、必要な物を先に置くようになった。

 “必要かと思って”という口癖も、たぶんその延長にある。九条なら次に何を要るか。そう考え続けた結果、先回りの言葉だけが自分に残った。

 ただ、完全には同じになれない。

 九条は必要なものしか置かない。堀島は必要になる前に置いてしまう。

 そこに、自分の届かなさがいつも残る。

「十年見てきたのに、まだ追いつけない」

 堀島がぽつりと言った。

 本郷はそちらを見たが、何も返さなかった。返せば、その憧れが別の形へ読まれる気がしたからだ。

 ここで見えるのは恋情ではない。もっと乾いていて、もっと強いものだ。憧れ。信奉。到達したい基準。そういう種類の執着だった。

 信号が青に変わり、車が再び動く。その瞬間、堀島のスマートフォンが小さく震えた。画面には保存済み画像の小さなサムネイルが並び、その中に横顔の写真が一枚だけ混じっていた。医務院の廊下。白衣の肩。少しだけ俯いた横顔。九条だった。

 堀島はすぐに画面を消した。

 本郷は気づいた。だが何も言わなかった。

 やがて堀島が低く言った。

「九条先生、最後に誰を試したんでしょうね」

 本郷は返事をしなかった。返せば、自分の内側が少し出る。それだけはまだしたくなかった。

      *

 神明は、夜の鑑識室が好きでも嫌いでもない。

 ただ、夜のほうが写真の声が静かに聞こえる。

 昼の鑑識室は人の声が多い。指示、確認、冗談、溜め息。写真の中にあるものを読むには、余計な人間が少ないほうがいい。だから神明は、たまに皆が帰った後で一人、写真だけを見る。

 その夜もそうだった。部屋の灯りは全部つけない。机の上の作業灯とモニターの白だけで足りる。ブルーライトカットの眼鏡のレンズが淡く青く光り、その奥の目はほとんど見えない。

 モニターに現場写真が一枚ずつ映る。全景。倉庫の床。血痕の流れ。壁際。九条の身体。腹部。口元。喉。割れた爪。

 神明はマウスを動かす。拡大。縮小。角度調整。別カット。戻る。動きに無駄がない。九条がどこまで抵抗し、どの瞬間に何を守ったかを、まるで追体験するみたいに淡々と見ていく。

 血文字の近接。

 神明はそこで少しだけマウスを止めた。

 “ま”“ほ”“に”“き”。

 どれにも見える。

 どれにも見えるということは、まだどれでもない。

 それだけのことだ。なのに、人はそこへ勝手に名前を流し込む。神明はそのことが嫌いだった。写真に対する侮辱だと思っている。

 写真は何も言っていない。

 言っていないものへ言葉を足すのは、たいてい生きている側の都合だ。

 次の写真。凶器発見位置。草むら。フラッシュで浮いた刃。次。柄部。次。採取痕。次。倉庫内から外へ向かう動線図。

 神明はそれを順に見ていく。九条の左手指紋。九条の血液。外へ投げられた軌跡の可能性。手は止まらない。

 腹部損傷の写真。

 右寄り。

 神明はそこを何枚も開いた。通常位置ではない。内臓逆位を知る者の打ち方。会議で出した説明を、写真で裏づけ直す。だが、その説明自体が誰かを狭める方向へ働くことも分かっている。だから神明は、写真だけは写真のまま置こうとする。人名へ寄せる前の、身体そのものの配置として。

 机の端に置かれた紙へ、神明は短くメモを書いた。

 血痕文字――確定不能

 凶器――被害者投擲可能性高

 腹部打撃――逆位認識前提

 被害者意図――強い

 最後の一行だけ、神明は少しだけ迷ってから書いた。あまり好きな語ではない。だが、この事件では外せない。

 九条の死体は、ただ破壊された身体ではない。守った。投げた。這った。書いた。そこまで揃うなら、もう意図を外せない。

 神明はその紙を机の上へ伏せた。伏せたあとで、モニターをもう一度見た。九条の写真が白く浮いている。その白さの中に、神明はときどき、生きている人間のほうがよほど隠すと思う。死体はもう隠さない。隠すのは、いつもその周りにいる人間だ。

 部屋の外で、誰かの足音がした。神明はモニターを消さない。消すほうが怪しい。足音は近づかず、そのまま遠ざかった。

 あの現場には、まだ写っていないものがある。

 神明はそう思っていた。致命的な証拠というほど派手なものではない。もっと細い。誰かの躊躇い、誰かの速さ、誰かの立ち位置。血よりも先に出る、人間の癖みたいなものだ。写真はそれを直接は写さない。だが配置として残す。だから何度も見る。

 暗い部屋で、神明のブルーライトカットのレンズだけが淡く青く光った。その光を見た誰かが、この男を疑っても仕方ないだろうと、神明は半ば他人事のように思った。疑いは今夜、どの人間の上にも薄く乗る。自分だけが例外だと思うほど、神明は鈍くなかった。

      *

 夜が深くなるほど、それぞれの人間性は小さな癖へ落ちていく。

 松本は、若い刑事の考えが走りすぎないようにわざと水を差した。

 木下は、怖かった九条のことを怖かったまま口にし、それでもその死の意味を拾おうとした。

 真壁は、言わないことによって順番を守ろうとし、そのことでかえって疑われる位置へ立った。

 本郷は、助手席で穏やかな顔を保ったまま、真壁犯人説と二階堂犯人説を口に乗せ、自分のほうへ視線が来る速度を測った。だがその胸の底では、左利きで全部が逆だった若い法医を、後継者として失った痛みをまだ処理しきれていなかった。

 堀島は、学生時代から見続けた九条の立ち位置や言葉の削り方を自分の身体へ写し取り、その模倣が届かない分だけ献身を深くした。

 神明は、暗い部屋で写真だけを見ているせいで、もっとも犯人に見える場所へいた。

 九条雅紀は、その夜どこにもいなかった。

 だが、いないことによって全員を少しずつ露出させていた。

 それぞれがどんな夜を過ごすか。

 誰を信じたくて、誰を疑ってしまうか。

 何を先に守るか。

 その全部を、死んでからなお見ているみたいだった。


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