え?
ベッドの上で。
膝の上にあごを乗せて。
丸くなっている。
夕食の時。
お父さんとお母さんが。
話していたことを聞いてから。
食事中も。
お風呂の時も。
そして。
今も。
ずっと。
頭から離れない。
それは――
「梶川さんのお孫さん大変だったらしいな?」
「そうなのよ。何でも、昨日の夜に神社の裏山に入って。足を滑らせて落っこちて。救急車呼んだそうよ」
え……?
口に運びかけた。
箸の手が止まる。
「そうか。なんで山になんか行ったんだろうな。あんなとこ何もないのに」
でも。
彼は苗字は日置。
おちょぼ口に。
ご飯を運ぶ。
「それは分からないけど、足首とか骨折して。お孫さんサッカーしてるみたいで。梶川のおじいちゃんがこっぴどく怒ったそうよ」
ん?
骨折?
え……?
「サッカーか。まあ、足を使うからな」
「ええ。でもお孫さんジュニアの日本選抜に選ばれそうだったんですって。それがケガで棒に振る形になったって」
お茶碗と箸をそっと置いた。
「それってさ、日置くんのこと?」
「あら、葉月、お孫さんと会ったことあるの?」
「え、うん。でも苗字が違うよね」
「ああ、それは、孝道が、えーと、そのお孫さんのお父さんが、日置家に婿入りしたからだな」
「そっか……」
どうしよう……
私が神社のこと教えたから……
彼は……
「どうしたの葉月? 顔真っ青よ。気分悪いの?」
「え? ううん。大丈夫だよ」
お箸を手にして。
ミートボールをつまんで食べた。
美味しいはずなのに。
味が分からなかった。
――そうなんだ。
私が神社のことを教えたから。
彼はケガしちゃって。
頑張ってたサッカーの。
日本の選抜に。
選ばれたかもしれないのに。
ダメになっちゃった……
どうしよう。
おでこを膝に擦り付けて。
ぎゅっと。
腕に力を込めて。
足を引き寄せた。
でも――
どうして。
あの時。
正直に言わなかったのかな。
でも――
謝らないと……
お腹に挟んだ。
スマホを手に取った。
小さく息を吸って。
文字を打ち込んでいく。
「日置くん。ごめんなさい。私のせいでケガしちゃって。本当にごめんなさい」
何度も。
読み返して。
さっと。
送信ボタンを押して。
スマホをお腹に挟んで。
また。
丸くなる……
プルル……
プルル……
着信にビックリして。
スマホが脇へ滑り落ちた。
おそるおそる手に取って。
見つめた画面。
あっ。
彼からだ。
どうしよう……
怒られるかな。
でも。
今メッセージ送って。
電話に出ないのって。
もっとダメだよね。
そっと。
通話を押して。
髪を耳にかけて。
スマホを耳元に持っていく。
『もしもし? 北見さん?』
少し低い声。
ドクン。
と。
心臓が泣き出す。
「はい。あの……」
『ちょっと待って。とりあえず話を聞いてくれるかな?』
「はい」
『じいちゃんかな余計なこと喋ったのは。まあ、それは置いといて』
『北見さんのせいじゃないから。これだけは勘違いしないで。いい?』
「でも……」
『僕が北見さんの忠告を無視して、聞かなかったから。君は何度も止めなと言ってくれたでしょ?』
「でも、私が教えなければ、そもそも行かなかったでしょ?」
『それも違う。行こうとしたのは僕なんだ』
すーっと。
大きく息を吸う音がして。
『長くなるけど聞いてね』
ゆっくりとした話し方。
「……うん」
『どこから話そうかな……』
『そうだな、北見さんにケガのことを嘘を付いたのは、僕の誤りだったごめん。正直に言っとくべきだった』
『現にこうやって北見さんは、感じなくていい責任を感じてしまったわけだから。嘘付いてごめん』
『それと、どこまで聞いたか分からないけど。ケガは軽度の骨折。全治までは約2ヶ月』
『サッカーのこととか聞いた?』
「……うん」
『もう、じいちゃんお喋りだなぁ。えーと。選抜は候補に選ばれただけなんだ。その中からまた選抜があるんだ』
『でね。サッカーにはケガは付き物なんだ。それに、このくらいで諦めないから僕は』
『これくらいかな話すことは。北見さんごめんね。辛い想いをさせてしまった』
「ううん、そんな……謝らないで。私にだって、教えた責任はあると想う。ついて行けば良かった」
『え? ハハハ。北見さんは優しいんだ。でも、女の子が出歩く時間じゃないよ』
「そう、だね。多分、お母さんに怒られる」
『そうだよ』
笑いを含んだ声。
もぞもぞと。
足を崩して。
ぺたんと座り直す。
「あの、聞いてもいいですか?」
『もう、聞いてるよ』
「えへ。ああ。ふふふ」
なんか。
みーちゃんの返し方と。
おんなじで。
ちょっと。
気が抜けて。
少しだけ。
大人しくなる心音。
『ハハハ。良かった笑ってくれた』
耳に届く大きなため息。
私は片手を腿の間に挟んだ。
「港で、言いかけたこと、何だったのかなって」
『ああ、あれは……一緒に写真撮りたかったんだ』
「え!?」
『余りにも北見さんがかわいくて。髪型も服も、北見さんも』
ひゃっ。
腿で手をぎゅっと挟む。
せわしくなる鼓動。
『でも、自分の格好見たら北見さんに釣り合わないなって』
「そんなこと……言ってくれたら良かったのに」
『え!?』
裏返った声に。
クスクスと笑いが込み上げる。
「写真くらいなら……」
『本当に? うわーまじか。ダメかと想ってたから。うわー。今から島に飛んで行きたい気分だよ』
「ふふふ。飛べないよ」
『良かった。嫌われてるかなって想ってたから、その言葉が聞けただけで、空も飛べる』
「え? 嫌われてって、そんな風には想って……ないよ」
『そっか。ごめん。勝手に想ってただけだから。でもさ、北見さんの声もかわいい』
「ひぇ!?」
ビクッとして。
膝を立てた。
ずきん、ずきん……
心臓が頭で響き出す。
呼吸が早くて。
息が詰まる。
『ハハハ、今のもかわいいなぁ』
「……」
『誤解は溶けたかな? 自分を責めないで。僕は後悔してないから』
「……はい。ありがとう」
『でも、一つだけ後悔してる』
「へ?」
『北見さんと写真撮らなかったこと』
「ああ……ふふふ」
『でも、責任を感じて、心配してくれたことありがとう。それはそれで嬉しかったりもするから』
「ん?」
『じゃあ、もう遅いからそろそろ切るよ』
「あ、はい」
『それから、北見さんの笑い声って元気になるよ。お休み』
「へ? あ、はい。お休みなさい」
ツー、ツー……
「はぁ……」
そっと胸に手を添える。
ドク、ドク、ドク……
まだ。
収まらないみたい。
ふと。
視線を落とした。
スマホの画面。
ん?
メッセージの通知。
あっ。
やばい。
洋ちゃんからのメッセージが。
30分前から入ってる。
『葉月。そろそろやるか?』
『俺はいつでも大丈夫』
ゲームする約束してたのに。
あわあわしながら。
メッセージを打ち込む。
「ごめんね。お風呂入っててた」
あっ。
間違えちゃった。
ピコン。
『了解。じゃあ今からやろう』
「うん」
『あのさ葉月』
『ショートヘア、似合ってるよ』
あっ。
『それと、ダンス部頑張れよ。俺もサッカー頑張るから』
「ありがとう。洋ちゃん」
「あのね」
途中まで打って。
削除して。
「じゃあ、ゲームしよう」
『オーケー』
スマホを伏せて。
「はあ……」
大きくこぼれた吐息。
なんでだろ。
洋ちゃんが。
似合ってるよって。
言ってくれたのに。
彼の声が。
頭に残るの。
なんでなの。
かな。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




