カレハ奪還作戦:決着編;アウル
「ごはッ……」
鍛えていないとは言え、流石に人間一人が全力を込めて入れた会心の拳だ。さしものバイカルも、身体ごと衝撃に吹き飛ばされた。アウルの手にはビリビリとした痛みが残っていて、あまり慣れたくはない感覚にアウルは顔をしかめる。だが、これで終わりなのだ。これで、ようやく、カレハを助けられる。倒れ込んでいるバイカルの肩に刺さったままのナイフを引き抜いて、そのまま喉元に突きつける。
「俺も鬼じゃない、なにか言い残したいことがあれば聞くが?」
「ハッ…………余計なお世話だ」
「よくそんな口が利けるな、ボロボロだぞ」
「お前こそボロボロだろうが………………………俺とお前は似ているが決定的に違うってことが、勝敗を分けたな」
「ああ、そうだな」
アウルは頷く。彼我の違いは、似すぎているがゆえに浮き彫りだった。経験と、後がない信念と、そして何より、種族そのもの。それが決定的な溝となって、コインの裏表を決めたのだ。バイカルはもはや諦めているのか、口元にはゆるりとした笑みが浮かんでいた。アウルは、その笑みのまま殺してやろうとナイフを振りかぶり────。
「だから─────────俺の勝ちだ」
莫大な魔力が、バイカルから溢れ出した。圧倒的なまでの圧力がアウルを思わず後退させてしまうほどの、暴圧。そしてその魔力の性質は、アウルも感じ覚えがあった。それは────。
バイカルは身体から魔力の光を放ちながら、ゆっくりと立ち上がる。コキコキと首を回して、まぶたを閉じたまま、アウルを睥睨した。
「【種族変化】」
「ッ、それは!」
光が爆ぜて、魔力が渦巻く。今まででも十分以上の存在感を持っていたバイカルのソレが、更に膨れ上がる。やがて光は収まり、そこに立っていたのは、一匹の蛇人。ほとんど体格は変わらず、腹から下の部分が巨大な蛇の腹に変化した、半人半蛇の魔族が、そこにいた。いや違う。髪の毛のように見えていたソレが、すべて腹の部分が肥大化した蛇へと変化しているではないか。
「蛇あな、眼力野郎」
「ッ!!」
髪の毛のごとき無数の蛇すべてが動き始める。それはまるで、風に髪が揺れる、それを百倍ひどく、そして悍ましくしたかのような光景だった。腹が肥大化した蛇は、その腹をアウルに見せつけるように、鎌首をもたげる。その腹には─────魔眼。
「【氷殺の魔眼】」
刹那、膨大な量の青白い光条が、アウルに向かって降り注いだ。相当な速度で、最初の一撃がアウルの足に当たる。しかし何もダメージはない。異常だ。異常なことは、避けるに限る。
アウルは咄嗟に後退しようと地面を蹴ろうとして、気づく。脚が動かない。【追吸の魔眼】か。いや、これは精神的なものじゃなく、脚が単純に動かせない…………そう、脚が物理的に凍てつき、動かないのだ。そしてその氷結は、アウルの足先からじわじわとその版図を広げている。
「氷属性……クソ、魔眼と相性いい力ばっか持ってやがる」
「減らず口ごと凍らせるぞ、蛇魔だから」
バイカルの蛇が放つ光条、それに当たるたびにその場所が氷結する。まさに、凍てつく極寒の視線というわけか。クソくだらないギャグのくせに、その力は最悪だ。あっという間にアウルの腰くらいまでが凍てつきり、バイカルがつかつかと歩いてくる。勿論まぶたは閉ざされた状態で、しかし正確にこちらの方へと歩み寄ってきた。
「なんだったか?………あー、言い残したいことがあったら聞くが?」
「…………」
「もう口も利けないか、半身凍ってるもんな」
そして、バイカルの魔力が再び膨らむ。一気に凍らせ切る魂胆だろう。蛇たちがうねり、アウルの方を向く。まさに、射掛けられた弓を寸前まで突きつけられている状態だ。あとは、バイカルの合図を以てアウルの命は終わる。
「死ね」
「一緒にな」
アウルは左腕にいつも潜め、そして今握り込んでいたものを、投げ落とす。瞬間、光が、熱が、衝撃波が炸裂する。
───────自分の力じゃどうしようもないほど絶望した状態は、いつか来ると思っていた。十大貴族はアウルのような木っ端学生一人でどうこうできる存在ではないということはソルトンとの戦いで痛感していたし、想定もしていた。だから、このカレハ奪還作戦に際して、コレを持っていくというのはアウルにとって当然の帰結なのだ。カレハを奪還したいのは本当の気持ちで、だがそれは自分じゃなくていい。アウルの仲間たちが、彼らが再び居場所を作ってくれればそれでいいのだ。ただ、これから自分が生き残れれば、それこそ幸いというもの。
爆発が脚を縫い止める氷ごとアウルを吹き飛ばし、そして当然防御を微塵もしていないバイカルも諸共だ。
衝撃波が空中を駆け抜け、地面の石も土も破壊する。全身を痛みと熱が焦がし、アウルの意識は沸騰した。真っ白になりそうな意識を、生きたいという本能と、カレハの声を聞きたいという意志がなんとか繋ぎ止めているが、殆どギリギリだ。
「がはッ……」
受け身を取ることすらままならないまま、ボロボロの身体が地面に叩きつけられる。もはや起き上がることすらできない。左の目は真っ暗だった。どうやら爆発で石がアウルの左眼を抉ったらしい。そこら中が焼け付いている痛みと血が染みる痛みで全身が悲鳴を上げている。
「アイツは……どうなった。流石に、死んだか」
「おうおう、勝手に殺すな」
「っ、うそ、だろ………」
「効いたぜ?相当な。だが、足りない。種族変化した俺にとってはまあ普通のダメージ程度なんだよ」
霞がかったような見えにくい視界の中央に、どっかりと座り込み、笑みを浮かべるのはバイカル。言葉通り、そこら中に傷ができている。しかし、アウルほど致命傷になりそうなものは一切ない。肌の、素の防御力の差が、ありありと浮かんでいた。アウルは、拳の中の魔眼布を弱々しく握り込む。無性に、悔しかった。
「眼力ももう無理みたいだな、そんなボロボロじゃ」
「ハッ……もう、無理か」
バイカルがバスタードソードを振りかぶる。アウルは動く気も無ければ動ける能力もない。そのまま冷たい刃が、アウルの首を真っ二つにし「させない」
「………大丈夫?アウルくん」
「!!」
声が聞こえた。バイカルとアウルの間に、誰かが割り込んだようだ。
「何だ人げ───」
「わたしたち、の逢瀬を……邪魔するな」
「かッ!?!?」
ゴッッ!!!という、肉が潰れるような轟音。アウルの遠くなってしまった耳にも、その音は届いた。アウルは、なんとか首を動かして、前を向いた。そこには、女らしき背中と、痛みに膝をついているバイカルの姿。
その背中に、ひどい既視感をアウルは覚えた。まるで、いや、まさに、過去の世界で見たそれそのもののような…………。
「まだ、それを……持ってて、くれたんだね」
彼女の声も、そしてそのセリフも、どうしてかアウルの耳は懐かしさを覚える。まさか。
「巫山戯るなァァァ!!俺は十大貴族だぞッッ!!」
「うるさい」
「ごッ!?!?」
バイカルが衝撃に吹き飛ぶ。いや、吹き飛びそうな状態で、停止している。たった数回の攻撃なのに、バイカルの姿はアウルと同じくらいにボロボロになっていた。そして、彼女が頭上に手を翳す。それと同時に、魔力が動いて……一瞬にして、巨大な光弾が現れた。その光量は、霞むアウルの視界にすら届くほどだった。
「じゃあ、死んで」
彼女が無慈悲に、無造作に腕を振り下ろして……そして、光弾がバイカルに直撃した。刹那、圧縮された光のエネルギーが、バイカルの身体を焼き尽くす。
「がっ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「─────久しぶり。約束、守ってくれたんだね」
彼女が振り向く。その背中にも、声にも、そして顔にも懐かしさを感じたアウルは、そこで意識が途切れたのだった。




