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カレハ奪還作戦:眼力編 下

「なんだ、今のは……」

「魔力を練ってみろよ、今にわかるぜ」

「?……ッ、これは!」


バイカルの身体を縛ったかのように見えた鎖だったが、それは、バイカルの身体に沈み込むように消えていった。当然、効果がビビらせる、ただソレだけなはずはない。不思議がるバイカルに、アウルは不敵な笑みと端的な言葉で返した。バイカルは素直にアウルの言葉に従って、魔眼の魔力を操作しようとして、気付いた。


「魔法が、成立しない……!」

「正解。効くだろ?」


アウルの煽りに、バイカルはしかし無言でこちらを見返すのみだった。それは、何よりも効いていることの証左。

アウルがあの幻術弾(ファントム)に隠して投げたのは、ほんの十年ほど前に開発された魔術───魔術阻害魔術の術式が組み込まれた玉である。詳しい原理はさっぱりわからないが、これが放つ鎖に拘束されたものは魔術や魔法の発動を阻害されるらしい。お値段は相当以上に高く、アウルの財布の重量が十分の一くらいになったのは半分コイツのせいである。ちなみにもう半分は通信魔道具の費用である。全ての隊に一律で配備しようと思ったら値段がものすごいことになって眼を疑ったものである。

っと、そんな話は置いておいて。とにかくこれを喰らったことで、バイカルはもう魔法は使えない。魔法に頼っているであろう魔眼は、封じたも同然だ。


「これで状況はイーブン、だろ?」

「………………フハハッ、おもしれぇ!!いいだろう、乗った!眼力使い同士が、眼力を捨てて殴り合うってなぁ!!」


バイカルは破顔し、そして、魔眼布を取り去った。色違いの双眸がこちらを睨めつける。そして、バスタードソードを前に構えた。

アウルもそれに応じるように、ナイフを利き手である右で持ち、斜めに構える。いつでも飛びかかれるし、飛びかかられても大丈夫な、アウルが常に頼ってきた構えだ。


「「──────行くぞッッ!!」」


二人が同時に地面を蹴飛ばす。勢いの強さは当然バイカルのほうが上で、バスタードソードの刃とナイフの刃が触れ合って、甲高い金属音を鳴らした。アウルはそのまま再度地面を蹴って押し込もうとするが、バイカルの強靭なフィジカルによってそれは出来ない。すぐさま後退して、一度様子を伺おうとするが……。


「逃げんなよ!」

「ヒットアンドアウェイってやつだろうが!」


バイカルが再び距離を詰めてくる。バスタードソードはロングソードよりかは短く、短剣というには長い、絶妙なリーチを誇る剣だ。ロングソードのように突きを放ったり、あるいは短剣のように軽く取り回して剣戟を行うといったことも可能な、器用な剣なのである。だが、言い換えると、ロングソードほどの威力を出せず、短剣ほどの小回りの効いた使用もできない。当然、その一閃も全く隙がないと言えば嘘に決まっている。閃いた刃をしゃがんで避けて、下からナイフで突き上げて弾き飛ばす。バスタードソードの悪いところその二。ナイフのように取り回そうとすると、遠心力ですっ飛びそうになるところだ。刃を弾かれ、バイカルが刹那無防備を晒す。そしてそこに、アウルのナイフ、二撃目が突貫した。


「隙ありィ!!」

「させるか!!」

「ッ!」


バイカルのバスタードソードを持たぬ左手が動き、ナイフの突撃をその身を持って止めた。当然、そこから鮮血が飛び散って、アウルの服を汚す。アウルはナイフを引き抜こうとするが、魔族の筋肉によってナイフの刃が固まって、うまく抜けない。バイカルはその一瞬を見て、弾かれた刃を再びアウルを切り裂く軌道に載せた。高速で迫るバスタードソードを見逃さなかったアウルは、ナイフを握ったまま、力強くバイカルの腹を蹴飛ばした。ナイフがずるりと引っこ抜けて、バイカルの身体がぐらりと揺れる。アウルは反動でもう一度距離を取ることに成功し、バスタードソードの刃は空を切った。左手からとめどなく流れる血を無視して、バイカルは笑みを浮かべる。戦いが、楽しくてしょうがないと言わんばかりの笑顔だ。


「かーっ、痛ぇ…………なかなかやるじゃねぇか」

「言ってるだろ、こっちは死線をくぐった数が違うって」

「どうやらそうみたいだな……だが、経験でも、創意工夫でも如何ともしがたい実力差ってのが、あるんだよ!!」


バイカルが地面を蹴飛ばし、再三特攻を仕掛ける。もう見慣れたに等しい攻撃の構えが、アウルに襲いかかる。だが、それが何よりも強い。基礎的なパワーが段違いなのだから、かろうじて避けられている現状が奇跡というべき状態だった。

しかし今回は、明らかにバスタードソード捌きにキレがない。左手に深手を負っているからこそ、右手のみで振り回さなければならないのだ。当然と言えば当然である。だから、アウルが避けられないなんてことはない。


「手負い野郎の攻撃をみすみす食らってちゃ、眼力使いの沽券に関わるって話だなッ!」

「沽券なんざァ、要らねぇだろうが!!」


バスタードソードを文字通りの紙一重で回避し、カウンターの一手を打とうとする。

──────────だから、2発目として回転するバイカルの蹴りに直前まで気付けなかった。


「ごッ!?」

「シャオラァーッ!」


左手を諸共巻き込んで、脇腹に衝撃が炸裂した。アウルはそのまま蹴飛ばされ、勢いよく地面に転がる。身体中のそこら全てがジンジンと痛み、脇腹はもう感覚が痛みで完全に消えていた。アウルは何度か浅い呼吸を繰り返して、何とか痛みを堪える。


「か……ふ」

「これで左手の分は返したぜ?」

「…………どう、せ、左手だけで、抑えるつもりもないだろうが……!」


身体は痛み続ける。痛み続けるが、それを起き上がらない、起き上がれない理由にはできない。ここで起き上がらなければ、カレハを取り戻すことはできない。そう思うだけで、あちこちの痛みを無視できるものだ。それに、まだ勝機は十分どころか二十分にある。


「休憩はできたか?」

「ああ、できたよ。魔力が復活する(・・・・・・・)くらいなァ!!」


魔眼布を勢いよく取り去り、魔眼を露出する。そこまでアウルの魔眼は魔力を必要とせず、効率がいいのだ。魔眼を使えるレベルに戻すなら、10分もかからない。

バイカルも、アウルも、魔眼使いだ。だが、その魔眼は似ているようで決して違う。バイカルの魔眼が放出する魔力をトリガーにする能動魔法的魔眼であるのなら、アウルの魔眼は身体を巡る魔力をトリガーとする受動技能(スキル)的魔眼。特殊な効果が無いが故に、復帰も速い。その些細な違いが、眼力同士の戦いの決定打となる。

バイカルは自ら魔眼布を取り去っていて、これを防ぐには目を閉じるかそっぽを向くかのどちらかしかない。そんな状態になれば、アウルは当然殺しにかかれる。強制的に最悪の二択を押し付ける、アウルの十八番戦法だ。


「ッ!!」


バイカルは口元に浮かべた笑みを消して、咄嗟に横を向いた。その選択をするか。それならば、やることは一つだ。アウルはナイフを構える。迷宮要塞(ダンジョン)の仄かな明かりを反射して煌めくその刃は、アウルの只管な殺意を、闘志を反映したかのように怜悧だった。


「おおおおおおおおおおおおッッ!!」


雄叫びを、上げる。それは、気炎の表れ。硬く冷たい地面を蹴飛ばして、アウルは数秒もかからずに彼我の距離を殆どゼロにまで近づけた。無論、声を上げながら走るのは得策ではないことは百も承知である。だが、アウルの中の熱が、カレハを取り戻したいという気炎が、そうさせているのだ。故に、抑えるつもりはない。


「人間風情がッ、浅知恵程度でェ!!」

「その風情にお前は殺されるんだよッッ!!」


バイカルは、自分が詰められているという事実にブチギレる。そして、アウルの方を向いた。そのまぶたは堅く閉ざされている、眼力を喰らわないための魔眼布の代わりだろう。バスタードソードは構えに入っている、そのまま大振りで前に振りかざすことでアウルの接近を咎める、そんな意志を感じるか前だった。


「お前の足音も、気配もわかる!魔族の本気を舐めていたなァ!!」

「─────そっちこそ、舐めてんだろ」


その瞬間、バイカルの右肩に、ナイフの刃が突き立った。バイカルは痛みによって反射的に身体が震える。そして音も気配も近づききっていないのになぜ、という疑問とともに、驚きの息を呑んだ。


「!?」

「投げたんだよ、馬鹿が」

「ッ………こ、小賢しいことを!!」

「ああ、小賢しいことだ。それが俺の武器だ、眼力に次ぐな」


─────そして、その隙に肉薄したアウルの拳が、バイカルの顔面に突き刺さったのだった。

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