カレハ奪還作戦:眼力編 中
白色光が爆発的に視界を塗りつぶす。その光条が放たれる反動でアウルの身体が吹き飛びそうになるが、地面になんとか喰らいついて砲台の役割を果たす。
「はああああああああああああッッ!!」
この一撃ですべてを終わらせる。その気概と、意思と、殺意、すべてを混ぜ込んだ雄叫びを上げて魔力を注ぎ込んでいく。ジリジリと眼が焼き付く感覚と、魔力不足による虚脱感。それがだんだんと身体の中で膨らんでいくのを感じながら、アウルは光条を放つのをやめない。魔道具によって生み出した千載一遇のこの好機、見逃すほどアウルの眼力は弱くないのだから。
やがて光も、魔力も終息していく。白色光が収まっても、破壊による土煙が辺りを覆い隠しているうえ、アウルは魔眼布に流す魔力もない。アウルにとって視界はもう見えなかった。
「……はぁっ、はぁっ…………」
魔力を使い切った虚脱感に苛まれ、平生を保つためアウルは呼吸を落ち着ける。これで倒せたと思いたいが、油断は禁物だ。この一撃は絶対の最終奥義でなく、詰めの一手のうちの一つとして扱っているのだから。それに相手は十大貴族だ。何が起こるかわからないのが十大貴族との戦いであると、ソルトンと戦ったときに十分学んだ。アウルは焼き付いた眼を回復させるため、そして底を尽きた魔力を取り戻すために、腰に下げているポーチから、魔術薬を二本取り出す。視界が見えにくいのでポーションをどうやって識別するのか、という話があるが……こんなときのために、ポーションの瓶には凹凸がついているのだ。戦いの中で手元を凝視してズンバラリ、みたいなことを防ぐためにも市販の魔術薬にはそういう工夫がなされている。
「はやく復帰して、あっちの戦場の確認もしたいな。まずはカレハを救い出すが……」
「───────おいおい、連れねぇなぁ」
「!!……やっぱり、生きていたか」
暗闇じみた視界の中から、這うような声が聞こえた。そして、両手に持っていた魔術薬の内、左手に持っていた方を弾き飛ばされる。そちらに持っていたのは、魔力回復のポーション。最悪だ。もう片方も狙われるのがわかるので、直ぐ様アウルは浴びるように飲み干した。焼け付いた眼が回復し、それに伴って視界も少し見え始める。魔力もほんのちょびっとだけ回復してきた、魔眼布に魔力を通す。
「流石に無傷ってわけじゃねぇか……」
「効いたぜ?まともに当たってればな」
その視界の中央に鎮座していたのは、ニヤつく笑いのバイカル・スネ・シュラム。流石にあの魔眼光を喰らったのか、その服はボロボロ、あちこちに火傷がある。だが、言い換えれば、それだけだとも言えた。あの光は、普通の〈ヴータリティット〉や魔族であれば塵一つ残らず消し飛ばせうる威力を秘めている。先程十大貴族なら何をしてもおかしくないと考えたが、こうもちゃんとおかしいことをされると無性に悔しくなる。
「まずどうやってあの情報を流し込む術式を無効化した?あれは俺ですらまともに喰らえばたっぷり十分は停止するはずだぞ……」
「どうせこれから死ぬんだ、教えてやるよ」
そういって、バイカルは左目だけ魔眼布を取り外した。昏く蒼い瞳が、こちらを見つめていた。その瞳は魔力の輝きを放っていて、魔法、あるいはスキルが発動している。
「俺の魔眼は、お前と違って一つだけじゃない。これは【追吸の魔眼】ってな」
「それは……」
「俺が一度見たものを絶対に見逃さず、逆に相手が俺の眼を見逃せなくなる魔眼だ」
それは─────なんたる反則じみた魔眼であるのか。魔眼の最大の弱点は、見られないこと。それを絶対にカバーできる、最悪の魔眼である。さらに、追跡の力まで。初めてバイカル二であったときに、奴の魔眼から眼を離せなかったのはその魔眼が原因ということだろう。更に、今も隠している右眼も別の魔眼が宿っているのだろう。正直、羨ましい。魔眼にそんなバリエーションがあればそりゃ強いに決まっているのだから。
「絶対に見逃さないなら、逆に絶対に見逃すことができることの裏返しだ。俺はこの魔眼を発動して、あの術式を見逃すことで回避したのさ」
「それで、魔眼光も逃れたってことかよ……クソが」
「さて、お前は今切り札を切っちまったようだな。じゃあ、今度は俺の番だ」
バイカルが言うのは事実だ、アウルは今眼力はあれど素の眼力しか無い。故に、一撃で致命になるほどの眼力攻撃ができないがゆえに、眼力の均衡も起こっていないのだ。そこまで見据えて言っているのでは流石に無いだろうが、少し……いや、かなり警戒度を上げる。アウルは右手をポーチに突っ込んで取り出す準備、左手は完全にナイフを構えて臨戦態勢だ。
「ッシ──!!」
バイカルが地面を蹴る。その手にはバスタードソード、剣は詳しくないが相当豪奢な飾り付けがなされているソレを、大きく振りかぶってきた。アウルは未だかすかに痛む眼を見開いて、その動きの穴を、隙を探る。やはりバイカルは剣に熟練した剣豪というわけではないようだ。動きの粗を指摘すればしきれないほどの粗があり、アウルはそんな攻撃など容易に見切ることができる。アウルは身体を動か─────せなかった。思わず足元を凝視してしまう。
「!?」
「おいおい、避けるんじゃないのか?」
「なぜッ!?」
なんとか全身に力を入れて倒れ込むように伏せることで一閃は逃れたが、眼の前のバイカルがなにかしたことは確実だ。なぜなら、バイカルの左の瞳、その色は翡翠だからだ。先程見た【追吸の魔眼】が蒼色だったのに対し、今は翡翠色。燃える魔力もなにか違う。十中八九、奴の魔眼のせいで脚が動かなかったのだろう。アウルはその魔眼から目線を外しつつ、叫ぶ。
「その魔眼はなんだ!」
「何でも聞いてばかりじゃ、成長できないぞ」
「うるせぇ、戦いの中で考えることは少なくしたいだろうが」
「ハッ、それもそうだ。だが、一つの魔眼を親切に教えてやったんだ、これ以上は教えないからな」
「ケチケチしてんな、十大貴族サマ」
「倹約家と呼んでくれ」
口だけは回る魔族だ、とアウルは自分の存在を上に押しやったうえで睨めつける。あの翡翠の魔眼が行動の阻害なら、阻害されても達成できる攻撃を押し付ければよい。それに、一つ、バイカルの弱点に思い至った。それは、魔眼の切り替えだ。先程は蒼の瞳が、今は翡翠の瞳。ということは、同時に蒼と翡翠の魔眼を行使することはできないと思われるのだ。【追吸の魔眼】で視線を吸われて、そのまま翡翠の魔眼で固定される、なんてことはなさそうだ。ならば、この戦法が取れる。
「俺の脚を縛っただけで、勝てると思うなよ!」
「生意気はあの世で宣うんだな!!」
ポーチから取り出すのは、先程と全く同じ、幻術弾のそれ。そしてもう一つ、小さな球体だ。透明なその球体の中にもう一つ小さな球体が入っていて、まさに二重構造と言った形の魔道具だ。アウルはそれを右手に持って、投げつけた。バイカルは既にこちらに迫っていて、バスタードソードが光を反射して妖しく輝いていた。
「一度通用しなかったネタをもう一回やるとはな!」
「どうかな?同じと決めつけるのは早計だぜ?」
アウルはそう嘯いた。一個は全く同じ戦法なのだ、同じと決めつけられても当たり前である。だが、そこに潜ませた第二の刃が、気づかれずにバイカルを斬りつけるのだ。
バイカルは先程の行動をなぞるように、それをバスタードソードで切り裂いた。視線は逸れている。
「かかった!!」
切り裂いた投擲物から飛び出した鎖が、バイカルの身体を縛り付けたのだった。




