それぞれの修行 その四
ところで一方。
イカルに連れられたエディアとシェイカはといえば。
「あの……ほんとうにこれをやるの?」
「文句は受け付けねぇぞ、早く成長したいんならな」
「あそんでるんじゃなくて?」
「れっきとした訓練ですよ。私も育成学校時代にはよくやってました」
「そうなんだ……」
そう口では言っているものの、納得した表情とは言い難い渋い顔を浮かべるシェイカ。その眼前には、地面に刻まれた無数の絵があった。そのどれもが精緻に書き込まれたもの……ではあるのだが、いくつかそうとも言い切れないものがあるのは、言わぬが花というやつだろう。
そう、ここに連れてこられたシェイカたちは、お絵描き、もといイメージトレーニングを行っているのだ。
「ただおえかきしてるだけじゃないのかな……」
「だから何回も言ってるだろ。魔法とか魔術っていうのは、本人のイメージと知識によって千変万化するもんなんだよ。だからこそ、読書が重要であるし、絵を書くことが重要なんだってな」
それに付け足すように、エディアが手に持っている枝でザリザリと絵を描き始めた。
「例えばですけど、炎を操る魔法を持っていたとします」
「うん」
「イメージがない人は、ただ炎を直線上に放つだけの魔法しか使えませんよね。でも、イメージがあれば……」
そう言いながら、エディアは絵を書いていく。のだが、微妙に読み取りづらい。人と炎を描いているのは口ぶりからわかるのだが、ちょっと形容しがたいイラストになっている。
シェイカは込み上げる笑いをなんとか抑えながら、真面目に聞く。
「こうして、炎を矢のように何発も撃ったり、あるいは炎をばら撒くことで逃げ場をなくしたりすることができるんですね」
「わかった!つまり、どんなふうにまほうをつかっていくかをかんがえて、じっこうするってことだよね」
「そうですそうです!私達はこれを戦闘センスとか戦闘知能とか言っているわけですね」
それのストックを増やすのにお絵かきが最適だということなのだろう。俄には信じがたいが……この二人の言うことが間違っているとも思えない。シェイカは指示に従って、いろいろな絵を描いていく。
シェイカ自身、絵を書くことは嫌いではない。なぜなら少し前まではよく行っていたからだ。具体的に言えば、追放される前は友達と行っていたのだ。
「シェイカちゃん、上手いですね」
「エディアさんも……いいとおもいますよ」
シェイカは気遣える子どもなのだ。世の中には言うべきことがあるということを知っている。
そんな折、ふと、イカルが顔を上げた。
「チッ、こんなところでも迷宮要塞は迷宮要塞か……おい!」
「どうしたんですか?」
「魔獣だ。それも、結構サイズがありそうな」
その警告の直後だった。木々を揺らしながら現れたのは、巨大な生物だった。灰色の肌はまるで岩に見紛うほど硬質で、分厚そうだった。鋭い眼差しもそうだが、何より目立つのはその頭に生えている一本の太い角。天を衝くほど反り上がったソレと、短い四足が特徴の生物。そう、それは犀だった。
「ゴアアアアアアアアッ!」
特大の、鳴き声。それを聞いて、シェイカは一瞬身が竦んだ。
どれだけ大人びているとは言え、どれだけ自立しているとは言え、子どもは子ども。筋力も並の人間より少し弱いくらいで、殴られれば死ぬ危険は十全にある。すなわち、命のやり取りを交わさねばならないのだ。
だが、魔獣程度で怯えてなどいられない。なぜならこれから戦おうとしているのは自分の父親、魔族だ。魔獣よりも狡猾で、魔獣よりも魔力に優れる。そんな存在を相手取ろうとしているのだ。
眼を据わらせる。それは、戦うものの瞳だ。
「やれるか?」
「うん、いっこ、おもいついたことがあるんだ」
「どんなことです?」
「─────っていうの。どう?」
「……上々、いい策だ」
「それで行きましょう!」
犀は、まるでこちらを値踏みするかのようにただ静かに視ていた。ソレは、警戒にも油断にも捉えられる行為だが──────果たして。こちらも、相手方も動かない、静寂。地下だからこそ、風の音すらない。
そして、膠着した瞬間は動き出す。先手を取ったのは、イカルの祝詞だった。
「【土よ、母なる大地よ。我が望むはその偉大さ】」
「ゴ、アアアッ!!」
突如膨れ上がったイカルの魔力に、犀は流石に不味いと思ったのだろう。雄叫びを上げながら、奔りだす。驀進するその巨体は、木やツタという障害物を粉砕爆砕破壊しながら進んでいく。まるで巨岩が急坂の上から転がってくるようなその絶望の光景に、抗いの瞳を向けるのは三人一緒だった。シェイカも、身体は震えているが、眼は揺るがない。
「【精光弾】!」
彼女の代名詞とも言える光の弾丸が生成されて、即座に射出される。文字通りの光速で進むソレは猛然と猪突する犀の顔面に直撃し、その分厚い皮膚の表層を焼き焦がした。
だが、焼き焦がしたのはその表層のみ。従って、さほどダメージを受けていることはない。少しだけ速度は落ちたものの、それでもぶつかったら死ぬことは変わりない。
だが、ここで恐怖に負けて攻撃を辞めるなんてことは、あり得るべくもない。彼はプロなのだから。
「【起き給え、偉大なる大地の精霊よ。報い給え、卑小なる命を救うために】」
「させない!」
もうすぐで詠唱が終わる。しかしヤツの突撃は止まらない。止められるのは、シェイカしかいない。
震える手を抑えて、魔力を昂らせる。改変するのは、ヤツの頭上だ。
正確には、頭上と樹木を、だが。
「【点換転】!」
刹那。猛進する犀の頭上に、木が突然現れる。まるで、どこからか連れてきたかのように。
そのまま重力という絶対的法則によって地面へと引き寄せられて、莫大な質量のそれが犀の脳天をぶっ叩く。想像を絶する衝撃が、犀ごと空気を揺らした。
「ゴアアアアッッ!??」
「やった、できた……っ」
攻撃に成功したことを見届けると、シェイカはパタリと倒れて意識を無くした。
シェイカのチカラ。それは、二点の物質を交換する、魔族ですら珍しい、凄まじい魔法。その代償は、彼女の身体に重くのしかかったのだった。




