それぞれの修行 その三
「ギャオオオオッ!!」
耳を聾する大音声に、咄嗟にアウルたちは耳をふさいで下を向いてしまう。だが、その叫びは前触れでしかない。ヤツの黒光りするハサミに魔力が集まり、風を纏い始める。その爬虫類独特のまぶたのない瞳でアウルたちに狙いを定め、暴風を放つ。
「くッ!」
「でも、随分と雑な攻撃ね!」
カレハが断じる通り、暴風はあくまで風であり、狙った方向に飛びはするものの、正確に撃ち抜くという訳では無い。アウルの眼力やカレハの第六感にかかればその間隙を縫って近づくことは容易だ。ひょいひょいと余裕そうに二人は風を捌き続ける。風は見えないが、自然魔力の流れでわかるのだ。
ユウセイも十手を力強く振り回すことで風のない空間を作り出し、そこになんとか身体をねじ込むことで風の猛威を回避した。
「よし、扇風機作戦!」
「これだけで反撃したつもりかしら!?」
カレハが威勢よく地面を踏み抜いて一気呵成に近づかんとする。だが、機先を制したのは恐竜だ。風程度で満足するなと言わんばかりにブルリと身体を震わせる。その直後に、カレハの眼前にその巨体があった。
「ッ!?」
「ゴアアアアッ!」
その短くも鋭い爪の振り下ろしがカレハに襲いかかる。ほとんどその接近に気づけぬままであったので、カレハは咄嗟に両腕をクロスさせて顔を守ろうとし、その腕から鮮血を飛び散らせた。
「〜〜ッ!やってくれたわね!」
「カレハ!」
ユウセイは心配そうに叫ぶが、アウルはそんなことしている暇はないと思う。なぜなら、ユウセイに近づく影があるからだ。
「だから、隙だらけさね」
「!」
ユウセイの横っ腹をハニナが強襲し、鋭い拳が振るわれる。その拳を咄嗟に十手で受け止めて、ユウセイはその眦を屹然と上げた。どうやら、修行というからハニナや魔獣への攻撃を躊躇っていたようだが、その迷いを捨てたらしい。
そのことをハニナもわかったのか、ニンマリといい笑顔で、拳を再度振るった。
「しッ」
だがしかし、短い呼吸音とともに十手でそれを逸らす。逆に、近づいてきたハニナに蹴りをお見舞いするユウセイ。蹴り自体は体を捻って回避されるものの、返しの十手は避けられないはずだ、と確信して、会心の笑みを浮かべようとする。だがハニナは空中を蹴って後ろに飛び退った。ちょうど、恐竜の真横に着地する形だ。出鱈目な吸血種の身体能力がなせる技だった。虚しく十手が空を切り、ユウセイはハニナの身体能力への評価をかなり改める。
十手を再び構えながら、横合いにカレハを見やった。
「カレハ、そっちはどうだ」
「このデカいトカゲ、なかなか硬いのよ……だけど、時間を掛けて小さなダメージを重ねていけば!」
「そうはさせない、さね」
カレハが言葉を紡ぎ切る前、ハニナが割って入った。ハニナはニヤリと不敵な笑みを浮かべていて、そのア身体から立ち上る魔力は濃く、鬼気迫るものだった。そんな魔力が隣の恐竜を一気に包み、恐竜を書き換える。彼の恐竜はというと、苦悶の表情を浮かべていたのが、段々と恍惚な表情へと変化していた。
「ガアアア……」
「よしよし、いい子さね」
「……何をしたんだ、ハニナ」
「まさか……」
ユウセイは思い当たる節があるようで、愕然とした表情を浮かべている。ハニナはその笑みを更に深めて、魔力のベールを捨て去った。もう完全に魔法を掛けきったのだろう。恐竜は虚ろな瞳でこちらを睥睨した。まるで、操られているような。
「第二ラウンド、開始さね」
「上等!」
「かかってきなさい!」
恐竜が、猛進する。その巨体が木々にぶつかるのも気に留めず、一直線に突っ込んでくる。まるでダンプカーのようなその突進を、カレハは真正面から迎え撃たんと構えた。ユウセイは嫌な予感を背筋に感じて、カレハに手をかけて後ろから魔力を飛ばした。
「【情報付与】対象:カレハ・ライン 効果:防御力増加、体幹強化!」
その瞬間、ゴン!!!という銅鑼の音を遥かに凌駕する轟音が巻き起こった。凄まじい衝撃が空間を揺るがして、木々をざわめかせる。少し離れていたアウルもよろめきかけ、手を置いていたユウセイは思わず牛に倒れ込みそうになる。後ろのアウルやユウセイでこれなのだ。当の衝撃を受けたカレハはというと、ユウセイが掛けた魔法と本人の強靭な筋肉により、多少響いてはいるものの大きな損害ではないと言った雰囲気だ。対してぶつかった恐竜も、硬い皮膚のおかげでダメージは低減されているようだ。その身体に目立った外傷はなく、虚ろな瞳も健在だ。
「〜〜っ、ふう。ありがとう、ユウセイ」
「礼よりも闘いだろ!」
「そうね、ッ!」
ユウセイがツッコむと、カレハもすぐに思い出して、眼前の恐竜の肉体に殴りかかる。腰のひねりを最大限活かしての、神速の拳だ。その拳はヤツの足の皮膚に激突して、再度先程のような激音を放出した。
「ガッ!?」
だが、今回は無傷とはいかない。その衝撃が拳という面積の小さい部分に集中するため、より凄まじい威力を発揮するのだ。バキバキと皮膚が砕け散り、ヤツの足が覚束なくなる。本腰を据えたカレハの一撃は、ここまでに成長したのだ。流石にこんな一撃を受けたら恐竜もカレハを全力で叩き潰すべき敵であると認識するはずだが、今回はハニナの魔法によってそんな事は起きない。
そしてここまで静観を決め込んでいたそのハニナが、恐竜を支えるかのように反対の足を取り持った。
「なるほど、そうやって攻略するさね。それなら、こういうのはどう?」
「?」
ハニナが恐竜のもう片方の足をガッシリ掴むと、そのまま持ち上げた。吸血種の身体能力は魔族や亜人種を大きく上回る。そのハニナからすれば、こんなこと少し踏ん張るだけでできるのだ。
そして持ち上げた恐竜を、ジャイアントスイング。まるでバットで野球ボールを打つように、その巨体を用いて極大な杖として、振り回した。とことん出鱈目な攻撃に目を剥きながら、ユウセイやカレハはバックステップでその薙ぎ払いの範囲から逃れる。だが、それでは足りない、とハニナがボソリと零した。瞬間。
「がッ!?」
「な、魔法ッ!?」
振り回されている恐竜のハサミから暴風が吹き荒れて、ユウセイとカレハを吹き飛ばしたのだった。
今年最後の投稿となります!良いお年を!




