それぞれの修行 その二
「じゃあ、始めますか」
「これは、俺たちとハニナさんとで戦うのか?」
「それもいいし、面白そうだけど……今回は違うさね」
「じゃあ魔獣と戦うのかしら……?」
カレハのその質問には落胆の念も見え隠れしていた。ただ魔獣と戦うだけなのは飽きたということだろう。
だが、そんな感情もハニナは見透かして、ニヤリと笑った。それは、美しい彼女の顔に不思議とマッチしていた。
「違う違う、私と魔獣を同時に相手取るさね」
「それは……可能なのか?」
その言葉を聞いてアウルはすぐさま疑問が浮かんだ。そんなこと可能なのかという、常識的観点からの疑問だった。
魔獣とは人間を襲う傾向にあるが、だがその理由までは知られていない。ではなぜ、襲うのだろうか。それは、魔力の副作用にある。魔力は、微量であれば何ら問題はないのだが、常に多量の魔力を浴び続けると意識に影響が出て、本能が活性化するのだ。つまり、凶暴的動物はより凶暴的になってしまう。それこそ、魔獣である。
「ああ、眷獣化するわけじゃないさね。ただ、私が誘導して、その魔獣と共闘するだけ」
「なるほどな」
「だから、ちょっと待ってて」
そう言うやいなや、ハニナの姿が霞んだ。一瞬で加速して、森の中に入っていったのだろう。その速度は、本気のカレハを上回るかに思える、と言えばその凄さが分かるだろうか。
「ハニナさん、すげぇよな」
「そうね。私と戦闘スタイルが似てるんだけど、だからこそものすごく参考になるのよね」
雑談をしながら待つこと数分。なにか向こうから近づくのはハニナの姿……ではなく、巨大な振動だった。その振動はバキバキメキメキと木々を薙ぎ倒す音も付随していて、何かはわからないが力強く巨大なものが近づいてきているのが分かる。
「アウル……コイツはヤバいッ!」
ユウセイが慄きながら叫ぶ。木々をぶった切り見えたその姿は、巨大な後ろ足に短い前足、獰猛な牙に顎。ぎょろりとした瞳に強固な鱗を持つ巨大な爬虫類。それはつまり、地球で言うところの恐竜だった。
だがしかし、地球で定説とされている恐竜の姿と一つ違う点がある。頭だ。頭の上に存在感を示しているのが、巨大な顎だった。先が枝分かれした一対のソレは黒光りしていて、どう視てもクワガタのハサミであった。
「ギャオオオオオオンッッ!!」
ソイツは木々を吹き飛ばさんという勢いで咆哮すると、冷静な眼差しでこちらを睥睨した。その仕草から、ヤツの知能がそんじょそこらの魔獣とは比べ物にならないほど高いということがわかる。初見の相手を警戒するのは人間からすれば当たり前だが、魔獣は違うからだ。
静寂、しかし緊張はしている奇妙な時間が刹那流れる。
「何だ、そっちは準備がまだか?ならこっちから行くぞ!」
先陣を切ったのは、魔力の輝きを纏って走り出したユウセイだ。地面を蹴って飛び上がり、恐竜の眼前に躍り出た。そしてそのまま、後ろに振りかぶっていた十手を袈裟懸けに振り抜く。赤銅の一閃が恐竜の顔を切り裂いた。【情報付与】が乗った撃は、刃など無くとも十分すぎる鋭さを持っている。
だがしかし、その一閃は恐竜の顔に受け止められる。まるで鉄と鉄を合わせたような硬い音が響いて、火花が一瞬散る。全身を覆っている鱗が、十手の攻撃から皮膚を守ったのだ。
攻撃を受け止められたユウセイは勢いそのままに落下して、なんとか着地した。
「ッつ……硬ぇ!」
ユウセイが手をプラプラさせながらそうボヤく。
恐竜は、弾き飛ばされたとは言え痛みは感じていたようで、落下したユウセイを忌々しげに睨みつけてきた。そして、その巨大な顎でユウセイを喰らわんと顔を落としてきた。
「ユウセイ、上!」
「ッ、了解!」
ユウセイはバックステップで攻撃範囲から逃れる。だが気づきが一瞬遅れたことによって、かなりギリギリの瞬間となってしまった。数瞬前にいた空間がバクン!!とえぐり取られる光景はなかなかにショッキングで、ユウセイは一瞬某恐竜映画みたいだと場違いにも思ってしまった。
そしてそれだけで終わる攻撃ではなかった。ヤツの角のようなハサミがブルブルと震えだしたと思うと、それが魔力の輝きを帯びる。
「魔法、もう使ってくるのか……!」
アウルが呆然と呟いたその瞬間に、制御の枷が解き放たれた。魔力は無差別に世界を改変し、特定の属性を世界に塗りたくる。今回のソレは、暴れ狂う風のチカラだった。魔力に寄って生み出された風はハサミを中心に回転を始める。段々と速度を上げ、そうして完成したのはそれぞれのハサミに一つずつ、合計2つの竜巻だった。
「ゴアアアアアッ!」
恐竜が雄叫びを上げると、その竜巻が放たれた。暴風が木々の葉を撒き散らし、莫大な土埃を巻き上げる。
「それは、やっば……!」
間近に居たユウセイはその猛威を受けぬように背中を向けて逃げ出す。強化が入っているので相当な速度のはずなのだが、やはり風から逃げ切ることは難しい。だんだんその距離を縮められて、背中に莫大な風を感じ始めた。
だがしかし間一髪、カレハが首根っこを掴んで一瞬で離脱したことでその竜巻からは逃れることができた。
恐竜は二度も自分の攻撃が巧みに避けられたことに少し苛立ちを覚えたようだ。瞳を細めて、鋭い視線でこちらを睨みつけてきた。
「危なかった……助かったぜ」
「魔獣の魔法は使われなくとも警戒したほうがいいわよ」
「────────まだ終わってないぞ!」
アウルがそう言葉を飛ばした。それは警戒を促すという声色ではない。まるで、なにかに気づいてそれに戦いているような声色だった。ユウセイとカレハは一様にアウルの指差す方を向く。と、その眼の前には、拳を番えた矢のごとく後ろに引き絞った姿勢のハニナが迫っていた。
「──私のこと、忘れないでよね」
「ッ!」
息を呑んだのは、二人のどちらだったのか。そんな事実すらも吹き飛ばすほどの衝撃波と風が、咄嗟に身体を守った二人に襲いかかった。ハニナが全力で寸止めを行ったのだ。衝撃を受け流しきれずふたりとも後ろにぶっ飛ばされて、木にぶつかる寸前でなんとか止まること自体は成功したが、身体に張ったような痛みが来た。
「容赦ねぇなあ!」
「いるのかい、容赦なんて」
「……たしかにな」
「だから、私だけに注目するのも良くないさね」
ハニナが酷薄に笑う。その笑みを文字通りに飛び越して、岩と見紛う巨体が落ちて来た。形状することも足りない剛烈な音が地面ごと揺らし、その主……恐竜は再び雄叫びを上げた。
まるで、ここからは本気を出す、と言わんばかりに。




