それぞれの修行 その一
「修行って……一体何処でやるんだ?」
「何いってんだよ、ユウセイ。ここに決まってんだろ」
「は?ここってまさか……」
「幸いここは苦難も苦痛も溢れてる。修行にはうってつけじゃないか?」
「ってことはつまり、迷宮要塞内部でやるってことかよ……」
「まあ地上にも出られないですしね」
エディアが嘆息しながら言った。呆れと感心が両方混ざった態度である。
「実戦で学ぶってのは駄目なのか」
「……お前らはもう分かるだろ。適当にやって勝てる相手じゃねぇんだよ、魔族ってのはな」
「そう、だな……」
「それに、お前たちはわかってないだろうが……ヤツは全く本気じゃなかったぞ」
「ッ……そうか、そうだったのか」
アウルも、薄々そんな気はしていたのだ。だがしかし、やはり明確にそう断言されると心に来るものがある。アウルはすんなり受け入れることができたが、ユウセイはこてんぱんにされたこと含めて納得がいっていないらしい。
「何でそう言い切れるんだ?」
「ああ。魔族には種族的な特徴がある。その中でも、3つある魔髄が大きな特徴だ」
「それくらいは知ってる。その3つの魔力が体内を巡ることで凄まじい身体能力と動物に似た部位を獲得できるんだろ?」
「じゃあ、アイツが使っていた魔法は何種類だ?」
「あっ──────」
奴が使っていた魔法は、毒と壁の二種。であれば、もう一種を隠して戦っていたことになる。もしくは、二種程度で事足りる相手だと舐められていたか。ユウセイはそのことに遅ればせながら気づき、驚嘆の声を上げた。
「つまり、今の強さのまま少しだけ伸びても奴を倒すに届かない。アイツの眼前に、刃を突きつけるんだろ?」
「…………わかった」
「もちろんガキンチョ、お前にも受けてもらうぞ」
「わたし?わたしはたたかえないけど……」
「戦えなくても、できることはあるだろ?」
シェイカはいまいち飲み込めていない顔をしているが、アウルたち……特にアウルは、深く頷いていた。
「それに……あれを仕掛けてたのは、お前だろ?」
「っ……わかってたんだ」
「まあ、お前が魔族の娘で、尚且つあのセリフを聞けば浮かぶしな」
「あれをたたかいにつかうってこと?」
「ま、そういうことだな。だから、お前は俺についてこい」
「わ、わかった……」
イカルとシェイカの会話の中身は、アウルも薄っすらとわかった。多分指しているのは、迷宮要塞道中にあった数々の罠。あれは、シェイカが一人でじっくり作ったものだったのだろう。だから平時の迷宮要塞とは異なった場所に罠があったり、上層に罠があったということだ。
それほどの魔法陣・魔術陣技術を持っているのなら、イカルに教えてもらうのはむしろ必定まである。
イカルは思い出したように、エディアに向かって手招きをした。
「お前さんも来い。魔法自体はいいが、立ち回りが不安だからな。俺は後衛職ではないが、だからこそ教えられることもある」
「そう、ですね……確かに。私が中衛くらいまで立ち回れたら、確かにいいですね」
「だろ?アイツに勝つためには、お前は魔法だけじゃなくて軽い魔術も覚えるべきだ」
「今から大丈夫なんですか?」
「ああ、やり方自体は魔法と似ているからな。すぐ飲み込めるだろ」
エディアは納得がいったのか、杖を携えてイカルの背中に駆けていった。
残ったのは、アウル、ユウセイ、カレハ、そしてハニナ。
ハニナは笑いかける。
「じゃあ、私達も修行するさね」
「俺はどうすればいい?」
「アウルくんか。たしかにキミは、前衛でも後衛でもないから……一旦私達の修行でも視ていく?」
「そうするか。俺もナイフの扱いを練習したいからな」
全員の承諾が取れたことで、ハニナは破顔して頷いた。だがその表情は変わって曇ってしまう。
なにか懸案がある、といった様子だ。
「何かあるのか?」
「いやあ、私が教えるとなると……吸血しないとなってさ」
「あー……確かに」
「吸血しなくても力は出るのかしら?」
「この階層くらいならまだ大丈夫だけど……それでも二匹同時に来られたらちょっとまずい感じさね」
「じゃあ、吸血したほうがいいよな……」
前にも言ったが亜人族の中でも吸血種はとても珍しく、滅多にお目にかかることができない種族だ。そして珍しい存在となった大きな理由が、その種族的特異魔力である。種族的特異魔力とは、人間族以外の亜人族──魔族含め──が持つ、その血脈に宿る特殊な魔力のことである。
そして吸血種は、その魔力が血を吸うことで活性化し、他の種族の追随を許さない身体能力と特殊技能を得ることができるのだ。しかし血と入ってもなんでもいいわけではなく、あまり魔力に汚染されていない……つまりは魔獣ではなく人間や家畜などの一般的な動物から血を啜らないと駄目なのである。そして、大昔の吸血種は街に多く住む人間の血を夜な夜な吸ってしまい、敵性種族として扱われてしまったのだ。今となっては忘却の彼方にいる種族だが、ひっそりと山中で暮らしているのは事実であるし、今目の前にもいる。
とにかく、吸血種に吸血されること自体に危険性はないのだが、人間的な拒否感で拒む人が多いのも事実である。
「魔獣の血はあんまりなんだけどね、はは」
「……じゃあ、俺の血を吸うか?」
そう出し抜けに言い出したのは、ユウセイだった。ハニナは虚を突かれたように目を見開く。
「え、いいの?」
「ああ。俺は別に血を取られることに忌避感はないからな」
「……そんな事言う人、イカル以来さね」
「それは、褒めてんのか?」
軽く笑いながらユウセイが言った。それを聞きながら、アウルも感心する。アウルは割と忌避感がある……というか、想像するとなんだかむず痒い感じがするので、遠慮したかった。ユウセイが躊躇なく血を差し出せるのはなんというか彼の肝っ玉と言うか勇気というか無茶心には舌を巻かされる。
前々から思っていたが、彼の故郷というのはどんなところなのかだいぶん気になってきた。
そんなことを思っているうちに、ハニナがユウセイの差し出した二の腕に齧り付いていた。
「おおう、これは……」
「大丈夫さね?」
「まあ、くすぐったいけど、問題はないな」
「ユウセイ……アンタ、見た目が最低よ」
「何でっ!?」
アウルもその言葉につられて笑ってしまった。カレハの言は言いえて妙なのだ。ここが迷宮要塞であるということも相まって、ものすごく不思議な光景であることに笑いが止まらない。
「アウルまで……別にいいだろ、同意してるんだし!」
「責めてるわけじゃないのよ、ただエディアはどう思うかなってだけ」
「…………後で謝っておくか」
そのトーンに、ついに血を吸っているハニナすらも笑ったのだった。




