敗走、双方とも
「どういうつもりだ……!!」
「わたし、わかった。おとうさん……ううん、あんたのところにいるよりも、このひとたちといっしょにわらっていたいって」
「ふざけたマネを……お前ごと殺すだけだ!!」
「シェ……シェイカッ!」
アウルが絶え絶えな息でシェイカの名前を呼ぶ。それは、危険だという意味の叫びであり、やめろという気迫の現れでもあった。
「わたしはきめたの。ひとをなかみではんだんしないでてきとうにみすてて、みごろしにするようないきかたはしないって。みしらぬだれかでも、こまっていたらてをさしのべられるようにいきるって!!」
「──!!」
涙目になりながら、身体を震わせながら、だがしかし言い切る。それは絶対的な断絶の宣言である、もはや父娘ではなく、一人の魔族同士の決別の言葉であった。
そして年端もいかない娘がそこまで言ったのだ。大人が何もしないでいられるだろうか。いや、いられない。
「──────よく言ったな、ガキンチョ」
冷ややかで、だがしかし頼りになる低い声がアウルとシェイカの後ろから駆け抜けた。そしてその直後に吹く、一陣の風。その風は力強く、迅く、そして何より、鋭く研ぎ澄まされている。それが魔力や空気の流れからわかる。
その風に気づいたウルストは、思わぬ攻撃に面食らいつつも、咄嗟に毒の障壁を生み出した。だが、それは失策も失策である。
なぜなら、風の刃は毒程度では鈍らない。挙げ句、風の刃が貫通すると毒が飛び散り、自分の方にかかってくる始末。
ウルストは上半身を後ろに倒して、毒の壁を切り裂き直線的に襲う風刃をなんとか回避した。
「ッ!邪魔を!」
「邪魔じゃないのさ、これは助け合いって言うやつさね!!」
玲瓏で、だがしかしぬくもりを感じる声がもう一方、ウルストの横っ腹から響いた。その声の主は声がウルストに届くとほぼ同時に肉薄していて、気づいた瞬間には既にウルストの横腹が大きく凹んでいた。
「カッ……!?」
衝撃。ウルストは身体の中を横断する衝撃に、蛇身ごと横合いに吹っ飛んだ。ドガッ!という轟音とともに地面に激突、もうもうと土煙が立ち込め始める。それを流し目で見つつ、呼気を薄く吐きながらハニナは蹴りの構えを解いた。
完璧な二段構えの作戦である。処理もしくは回避を強要する風刃で攻撃しつつ、本命のハニナを通すという動きは、アウルたちを圧倒した魔族ですらも効くらしい。
ウルストは上半身をゆらりと起こす。その動きはまるで幽鬼のようで、どこか不気味で鬼気迫っていた。
何も語らないのが逆にヤツの怒りが如何程かということが少しだけでも伺えるだろう。
「チッ……人間ってのはこんなにムカつく存在だったのか。あのお方に示しがつかねぇな」
「お前の自慢の眷獣は、ああなったぜ」
「……どうやら、ここは一旦引いたほうが良さそうだな」
イカルが不敵に笑みながら後ろを指差す。ウルストとアウルがそちらの方を視れば、傷だらけで顔面をくまなく切り刻まれた龍蛇が倒れ伏していた。ウルストは手駒をすべて失い、こちらは戦力が増えた。これ以上戦闘を続けてしまえば追い詰められるだけだと判断したのだろう。渋々、と言った顔で逃げを宣言した。
無論、撃発しているアウルがそんなことを許すはずもない。痛みを訴え続ける身体をなんとか起こして、アウルはウルストに詰め寄ろうとする。
「逃がすと思って!」
「逆に逃げられないと思いながら言うか?」
そうウルストが零した瞬間、まるで洪水のように溢れ出す魔力。それは一斉に励起すると、自然魔力と共鳴して、毒の波を生み出した。ゴポゴポと気泡を放つその波は、ウルストを中心に同心円状に広がっていく。
あまりに暴力的で力技すぎる魔力の使い方に、特にイカルとエディアが眼を剥く。だがそれを成した本人は、いかにも自然体で当たり前のことをしたという顔だった。
「デタラメな……!」
「じゃあな、人間ども。特にアウル……お前は、絶対に殺してやるからな」
「フン、お前こそ待っていろ。シェイカが、お前を殺すからな」
「お前が、じゃなくてその愚かな女がか?……それこそ、戯言だな」
ウルストの顔に浮かんだのは、はっきりとした侮蔑であり嘲笑、そしてあまりに強すぎる敵意だ。
だがアウルに指名されたシェイカは屹然とした表情でその視線に向き合っていて、瞳の奥には覚悟が座っている。ウルストとしては、そんな眼で見られるのが意外だったのだろう。眼を一瞬だけ見開いた。
そしてウルストはその視線から不意に目を逸らす。
「この後3日後、お前らを絶対に殺すために来てやる。精々、絶望する準備をしておくんだな」
踵を返してその毒沼をじゃぶじゃぶと渡っていったのだった。
「………………行ったか?」
「ああ、そうみたいだな」
「っ……はあ」
アウルはどっと疲れと痛みが襲ってきて、思わずその場に倒れ込んだ。ウルストの前ではなんとかやる気と怒りと使命感を燃やして無視していたが、流石に限界である。急に倒れたアウルに、ぎょっとしたシェイカが駆け寄ってきたのが音からわかった。
「わたしのために……だいじょうぶ?」
「ああ……………元気だぜ」
「いや、ぜったいうそだよね!」
シェイカはそう勢いで突っ込んだ後、何故か俯いて沈黙した。無論アウルも皆もその沈黙はわかっている。
しばしの間沈黙の帳が降りて、やっとこさシェイカは顔を上げた。
「あー、その……ごめんなさい。ずっとうそをついてて」
「……」
「わたしはさいしょ、あのひとがにんげんをほしがっているってきいてたの。だから、あのひとがよろこぶかなっておもって、アウルたちについてきたの。そういうことにしてしたにつれてこうとおもったの。だけど、おもったよりもあのひとはわたしのことをどうでもよくおもってたみたい」
「……」
「すこしかんがえてたらわかったのに、そんなことしなかったらだれもきづつかなかったのに。────ばかだね、わたしも」
その自嘲じみた短い一言が、やけに虚しく響いた。
その直後に、ツカツカと、カレハが彼女に近づいて、そのまま抱き上げた。
「……」
「かれは?」
「…………本当に、馬鹿ね」
「あいた!?」
カレハはポツリと呟いて、シェイカの小さな額を指で弾き飛ばした。
シェイカは頭を抑えて、何をするんだという非難の視線をカレハに送った。
「あのね、シェイカ。私達がなんで貴女を連れ回してると思う?」
「それは……なんで?」
「貴女の顔が、助けてほしいって言ってたのよ」
「そうなの?」
「そうだな」
「そうですね」
「そうさね」
全員が同意する。ちなみにクレソンたちは何処かに行ってしまった。なにか用事があるらしい。
「……わたしのせいで、そんなぼろぼろになっちゃったんだよ?」
「お前のせいじゃねえよ。俺達はそういう覚悟してきてるからな」
「そうさね。そこにシェイカちゃんが責任を感じる必要はまったくないさね」
その言葉が、優しく彼女の胸に染み込んだのだろう。シェイカの目尻に、輝くものが浮かんだ。
「わたしは……あのひとをみかえしたい。わたしをついほうしたって、こうかいさせたい」
「なら、やることは一つだろ。お前と俺達で、アイツをぶっ倒すんだ」
倒れ伏しながらも、不敵にアウルはそう言った。皆々が頷き、それに同意する。 シェイカは涙ぐみながら、頷いたのだった。




