それぞれの修行 その五
「【縛土拘砂】!」
詠唱が終わり、改変が現実に適用される。脳天に木の直撃を食らった犀は、痛みにその突進を止めている。放たれた魔力に抵抗する力もない。ゆっくりと犀の周りの地面が持ち上がり、幾本もの土の鎖が生み出された。その土鎖は勢いよく伸びて、犀の身体に巻き付いていく。雁字搦めに縛り付ける、地面の封印だ。
未だ痛みで動けずにいる犀は、そのまま動けなくなってしまった。
「ありがとうございます、お二方!」
「礼ならガキンチョに言え、俺の詠唱時間を稼いでくれたのはアイツだ」
「フフ、なら後でいっぱい遊んであげますかね!【瞬精光条】!」
一気にエディアの魔力が高まり、自然魔力と共鳴する。生まれ出づるのは、原初の光。先程の光弾と同質の、だがしかしその密度と漏れる光は光弾の比にならない。その光球が、まるで殻を破って孵化する雛のように、割れる。上の方から、ヒビが走っていったのだ。
ヒビから漏れ出た光は一閃の光条となり、土の縛鎖に絡め取られた犀の瞳を寸分違わず撃ち抜いた。
「ゴガアアアアアアッ!?」
文字通りに眼を焼く光の痛みは、ヤツの巨体をして耐え難い痛みだったようだ。土鎖に身体を押さえつけられながらも、のたうち回る。その振動はズズンと腹に響いて、階層の床を揺らしている。
「こんなものではないですよ」
そしてそんな犀に追い打ちがテンポよく飛んでくる。光条、光条、光弾、光条。幾重にも飛び交う光の軌跡は、犀の身体のあらゆる箇所を焼き焦がす。一発一発は皮膚に火傷を負わせる程度のダメージしかない。だが、それが連撃という言葉すら生ぬるいほど飛んでくるのだ。それこそ、弾幕と言うべき量の。
「ガッ…ガアッ…」
抵抗する術もイカルの魔術で根こそぎ刈り取られている。もう既に、犀は呻くしかできない、虫の息だった。
エディアのそばで立つイカルも軽く引いている。
「お前……そんな小さい体にそんな量の魔力をためてたってのかよ……」
「小さいは余計でしょう。………………私は、二重能力なんですよ」
「まあ、そうだろうな。使ってる魔法は二種類、それは二重能力の特徴だから」
二重能力。それは、人間や亜人族に稀に見られる身体的特徴。名前の通り、2つの能力や魔法を行使できるという能力を持った人間である。そのカラクリはといえば、なんてことはない。魔髄が2つあり、魔力臓もその分増強されていると言うだけだ。身体にもあまりマイナスな効果はなく、強力無比、持っているだけでアドバンテージとなる特徴なのだ。
だが、複数魔力を持つ。その特徴を持っているものの代表格と言えば、そう、魔族である。二重能力というのは魔族ではないのに魔族に近しい存在として、割と多い人間が迫害とは言わないまでも不安視しているは確かだ。
「……軽蔑しないんですか?」
「まさか、俺は守護者だぞ。本物を知ってるのに軽蔑する意味がないだろ」
「そうですか……」
イカルもカレハも、犀の方を向いていてお互いの表情は見えていない。だが、それでこそ言い合えることもある。シェイカもちょうどよくおねんねしているのだ。
「なあ」
「なんでしょう」
「なんでお前は守護者を目指したんだ?」
「……守護者を、というよりかは、カムフトームの願いを叶えるっていう触れ込みを目指しているんですけどね」
「じゃあ、それでもいい。何でお前は、この迷宮に身を投じた?」
「私は、一族の再興を目指してるんですよ」
今度は即答だった。その言葉は、一見熱が籠もってないように聞こえた。だがしかし、少しでも彼女を知る者ならわかるはずだ。それが、心からの言葉だということに。
「言ってませんでしたが、私は半地人種です」
「……ふむ。何某かの混血だとはわかってたが、ドワーフか」
「ええ、まあ。それで、わかるでしょう?」
具体的な部分が省かれていた言葉だったが、それでもイカルには伝わった。ドワーフとの混血ということが、どれだけの困難であるかということを。横のエディアは静かで、しかしその身体には大きな、とても大きな十字架を背負っているのだということを。
「ドワーフを、立て直すってことか?」
「まあ、そうですね。もっと言えば、日陰で生きるのではなく、日向を歩くことのできる種族になって欲しい。それが私の悲願です」
確かに言い切る。そのエディアの声色は、迷いを振り切って、どこか遠くに向けたようなものだった。
だが、その裏に、なにかあるだろ、とイカルはわかった。彼女と一緒に戦ってきたからこそわかる、感覚だった。
「はあ………………………危ういな」
「危ういって……どこが危険に聞こえるんですか。この願いは、誰も傷つけませんよ」
「お前自身、が危ういんだよ。他人の話じゃねぇ」
「私自身?なぜ……」
「ハニナはわかるよな」
「ええ。あの吸血種の」
「アイツは、出会ったときは暴れてたんだよな。村を破壊したり、人間を手当たり次第ぶっ飛ばしてたり」
「あの、優しいハニナさんが、ですか……?」
イカルは、つらつらと語りはじめた。
彼女は出会った時、暴れに暴れていて、もはや近寄る人間すらいなかったそうだ。暴れていた理由は、彼女の過去にある。それが、迫害だ。彼女は、幼い頃から迫害してきた人間を鏖殺しようと目論んで、ただひたすらに破壊を繰り返していたのだ。
だがしかし、イカルと出会った。そこで彼女は、とある言葉を掛けてもらったのだという。
「そこで俺はアイツに言ってやったんだ。やり返すんなら、誰かじゃなくて世界にしろ、ってな」
「誰かじゃなくて、世界……」
「ああ。迫害の空気を生み出したのはそういう仕組みにした世界であって、対立するのはしょうがない。なら、世界にやり返すのが道理ってもんだろ」
「………………」
「だから彼女は、力をつけて、吸血種だけど人間を襲わないってことを証明したいんだな」
「なんだか、彼女と私は似てますね」
「そうだな。だからこそ、この話をお前にしたんだ」
「誰かじゃなくて、世界。確かに、そうですね。私も、その言葉を胸に生きていこうと思います」
「頑張れよ、若人。前途多難のほうが、より伸びるからな」
眼の前の犀は、とっくに倒れていたのだった。




