第九話 ともに運ぶもの
大陸歴662年・夏
夏の終わりに行われる、王国学院と聖リュシアン大聖堂の共同慈善事業。その三日前、私たち三人は学院の学生ボランティアとして準備作業に加わった。
衣類や保存食、学用品を荷車で地区の教会へ運び、受け取りに来る方々への配布も手伝う。教会ごとに担当の学生部隊が決められていて、私とリネとエマは南の教会を受け持つことになっていた。
高等課程の校舎に隣接する倉庫には、寄せられた品物が種類ごとに並んでいた。私たちのほかにも何人もの学生が集まり、木箱を運んだり、品物を数えたりしていた。
「南の教会を担当される方々ですね」
声をかけてくださったのは、準備委員のルシファー・ロシュフォール様だった。ロシュフォール子爵家のご嫡男で、私たちと同じ高等課程一年生だ。
「こちらが配布計画書の写しと配布予定名簿、それから荷車三台分の積荷一覧表です。今日は品物の確認と、荷札の準備をお願いします」
「承知しました」
リネが書類を受け取り、私たちも一緒に目を通した。
「まずは品物の種類と数量を確かめましょう。マリーは配送経路と、荷車に付ける行き先の表示を確認してもらえる?」
「ええ。分かったわ」
「エマは、荷札と名簿の配布区分を照らし合わせてもらえるかしら。私は数量を確認するわね」
「任せて」
私たちは手分けして作業を始めた。
リネは幼い頃からシャルロット様と一緒に教会の奉仕活動を手伝ってきた。私には慣れないことも多かったけれど、リネは何から確かめればよいか、よく分かっているようだった。
ほかの学生たちが運んできた木箱を、一覧表と照らし合わせて確かめる。衣類は大人用と子供用に分けられ、保存食や学用品にも、それぞれ品目札が付けられていた。
「こちらの子供用の衣類は、何箱でしたか?」
近くの学生から声をかけられ、リネが一覧表を確かめる。
「六箱です。そちらの棚にある二箱も合わせてください」
「ありがとうございます」
私も地図を広げ、南の教会へ向かう道筋を確認した。荷車に取り付ける予定の行き先板も、三台とも南の教会となっている。
エマは別の学生と一緒に荷札を並べ、名簿に記された衣類や保存食、学用品の区分を確かめていた。
しばらくして、品物の確認が一段落した。
「これで、積荷の数は合っているわね」
リネが一覧表を置いた。
「ええ。配送経路も確認できたわ」
「荷札も、一覧表どおりよ」
エマも頷いた。
「ありがとう。最後に、名簿で受け取る方と受け取り場所も確かめましょう」
リネは名簿を手に取り、受け取り場所の欄を指で追い始めた。
「……あら?」
「どうしたの、リネ」
「この方たち、受け取り場所が東の教会になっているわ」
リネが指さした欄には、確かにそう書かれていた。次のページにも、東の教会で受け取る予定の方々が載っている。
「東の教会?」
私はもう一度、計画書を広げた。
「でも、こちらには南の教会しか載っていないわ。荷車も三台とも南行きよ」
「一覧表にも、東の教会はないわね」
エマが確かめる。
「受け取りにいらっしゃる方がいるのに、東の教会へ届ける荷車がないのはおかしいわ」
「確かにそうね。このまま荷札を付ける前に、確認した方がよさそうだわ」
「ロシュフォール様に相談しましょうか」
私たちは書類を揃え、近くで学生たちに指示を出していたロシュフォール様のところへ向かった。
「こちらの名簿に、東の教会で受け取る方々が載っているのですが……」
リネが資料を差し出すと、ロシュフォール様は計画書と見比べ、眉を寄せられた。
「おかしいですね。こちらの荷物は南の教会行きのはずです。少しお時間をいただけますか。準備委員の代表に確かめさせてください」
周囲の学生には、確認が済むまで行き先の札を取り付けないよう伝え、ロシュフォール様は私たちを校舎へ案内してくださった。
準備委員の部屋は、高等課程の校舎の一階にあった。ロシュフォール様に続いて中へ入ると、学生準備委員の代表を務めていらっしゃるオルヴェーヌ様が資料に目を通していらした。先日、魔法科の教室でお話ししたけれど、こうして仕事の相談をするのは初めてだった。その隣には、補佐役のヴェルディス様がいらっしゃる。
「ロシュフォール卿、どうした?」
「南担当の皆さんが、書類の食い違いを見つけてくださいました」
ロシュフォール様が説明すると、オルヴェーヌ様は少し驚いて、私たちの方へ向き直られた。
「詳しく伺ってもよろしいですか」
「はい。名簿には東の教会で受け取る方々がいらっしゃるのに、計画書では三台とも南の教会行きになっているんです」
リネは二つの書類を並べた。
「受け取り場所が変更されたのかと思ったのですが、私たちでは確かめられなくて……」
「拝見します」
オルヴェーヌ様が名簿に目を移され、ヴェルディス様も運送手配書の控えを持ってこられた。
「手配書も南の教会へ三台です。大聖堂からいただいた計画書のとおりに手配しています」
お二人はもう一度、計画書と名簿とを見比べられた。ヴェルディス様は口元を引き結び、オルヴェーヌ様はリネと目が合うと、一瞬だけ視線を落とされた。
そして、オルヴェーヌ様は書類を置き、私たちに向き直られた。
「申し訳ございません。添付の名簿まで確認していれば、私たちも気づけたはずです。準備委員会として確認が足りませんでした。出発前に教えてくださり、ありがとうございます」
公爵家のご嫡男が、ためらわずに頭を下げられた。私は思わず背筋を伸ばした。けれど、それ以上に驚いたのは、リネの指摘をきちんと受け止め、私たちにも礼を言ってくださったことだった。
「私も手配書を作る際に照合すべきでした。申し訳ありません。大聖堂に確認してまいります」
ヴェルディス様も頭を下げられた。
「頼む、ヴェルディス卿。ロシュフォール卿、ルノー先生を呼んできてくれるか」
「承知しました」
ロシュフォール様は、高等課程一年の学年主任であるマティアス・ルノー先生をお呼びするために部屋を出られた。ヴェルディス様も計画書と名簿を手に、大聖堂へ向かわれた。
残された私たちに、オルヴェーヌ様が椅子を勧めてくださった。
「大聖堂の確認が済むまで、勝手に計画を変えるわけにはいきません。ただ、東の教会にも届ける必要があるなら、今のうちにできることを考えておきたいのです。皆さんのお知恵をお借りできますか」
「もちろんです」
リネが代表して答えた。
「現在の学生の配置を教えてください。南の教会には何名行かれる予定だったでしょうか」
「十二名です。荷車三台を受け持ち、現地での配布も手伝うことになっています」
リネはオルヴェーヌ様の前の学生配置表に目を落とし、少し考えた。
「それなら、私たち三人が東の教会へ移ることはできませんか。南には九名残れますし、荷車も二台になります。ただ、現地で必要な人数は教会の方に確かめる必要があるかと思います」
オルヴェーヌ様は少し考えられてから、穏やかにおっしゃった。
「それでしたら、私たち準備委員会も配布のお手伝いします。準備委員の代表として、計画を見落としたままにするわけにはいきません」
「オルヴェーヌ様が、ですか?」
「ええ。もちろん、先生と南の教会の担当者にご相談してからですが」
「ありがとうございます」
リネは嬉しそうに微笑んだ。
二人は配置表を挟み、南に残る学生の仕事や、東で必要になる人数について、一つずつ確かめ始めた。オルヴェーヌ様はリネの言葉を途中で遮らず、彼女も遠慮せずに意見を伝えている。
私とエマは、机の反対側に一覧表を広げ、荷物の配分を考えていた。
「東の教会に持っていく品物はどれかしら」
「名簿を見れば書いてあるわ。少し待ってね……。衣類は大人用と子供用、それから学用品と保存食ね」
エマは名簿の該当箇所に目印を付けた。
「品物の合計はあっていたようね。荷車の行き先を南と東にどう分けるかだわ」
「二つの欄を作りましょう。私が必要な数を書いていくから、マリーは積荷の数と大きさを確かめて」
エマが名簿から必要な数を書き出し、私は三台分の一覧表と照らし合わせた。今は仮の割当だ。大聖堂の返事が来るまでは、箱の行き先を変えるわけにはいかない。
「マリー、こちらの子供用の上着も、東の教会で必要みたい」
「分かったわ。そちらに一箱分、加えましょう」
ふと顔を上げると、オルヴェーヌ様がリネを見つめていらした。けれど、リネは配置表に目を落としたままで、気づいていないようだった。
その頃には、私とエマの計算もまとまっていた。
「東の教会の分は、荷車一台に収まりそうよ」
「それなら、南二台、東一台に分けられますね」
私たちの報告を聞いて、オルヴェーヌ様もほっとしたように微笑まれた。
しばらくして、ロシュフォール様がルノー先生を伴って戻ってこられた。先生は私たちの話を聞き、書類に目を通された。
「まだ大聖堂からの回答はないのだね」
「はい。ただ、必要なら学生の配置を変更できるよう、案を考えておりました」
オルヴェーヌ様が配置表を示された。
「南の教会は九名で担当し、私たち三人が東へ移る案です」
リネが説明すると、先生は一度頷かれた。
「南の担当人数は、私からも南の教会に確認しよう。正式な計画が届くまでは、作業の変更は待ってください」
「はい」
その後も私たちは積荷の種類や数量を見直し、どの箱を東へ回すか、印を付けて待った。
やがて、廊下から足早な靴音が聞こえてきた。
「失礼します」
ヴェルディス様が戻ってこられた。少し息を弾ませながらも、書類を丁寧に机へ置かれる。
「大聖堂で確認が取れました。東の教会で受け取る方々の分が、計画書では南の教会へまとめられていたそうです。本来は南へ二台、東へ一台とのことでした」
「やはり、東にもお届けするのですね」
「はい。訂正した計画書は明日までに届けてくださるそうです。運送業者へも私から連絡します」
先生は、私たちの配置表を改めてご覧になった。
「では、学院の学生担当も変更しよう」
「先生、私の方から提案してもよいでしょうか。東には私とヴェルディス卿が加わり、南はロシュフォール卿に担当してもらいたいと考えています。南の皆さんと準備を進めてくれていますから調整も容易でしょうし、人数の減少も最小限になるかと思います」
「なるほど。そうなると、南は十名になるわけだね」
オルヴェーヌ様は、ヴェルディス様とロシュフォール様に向き直られた。
「ヴェルディス卿、東の教会を一緒に頼めるか。ロシュフォール卿、南の教会は君にお願いしたい」
「もちろんです。私も東へ参ります」
「南は私が引き受けます。皆さんとも、もう顔なじみですから」
先生も二人の返事を確認したうえで言った。
「よろしい。南は十名、東は五名で、こちらからも南と東の教会に確認しておこう」
こうして、東の教会は私たち三人とオルヴェーヌ様、ヴェルディス様の五人で、南の教会はロシュフォール様を加えた十人で準備を進める方針が決まった。各教会への連絡は先生が引き受けてくださり、私たちは倉庫で待つ学生たちに変更を伝えることになった。
倉庫へ戻ると、先ほどまで一緒に準備していた学生たちが作業の手を止め、確認用の荷札を机に並べて待っていた。
「計画書の行き先に誤りが見つかりました。南は荷車二台、東は一台に変更する予定です。各教会の受け入れ確認が取れるまでは、品物と数量の確認を進めましょう」
ロシュフォール様が説明すると、近くの学生が一覧表をのぞき込んだ。
「それなら、南と東の配布分が分かれているか中身を数え直した方がいいですね」
「東へ回す箱の札も作りましょう。送付先の棚は分けた方が分かりやすいかしら」
別の学生も声を上げる。ロシュフォール様は皆の意見を聞きながら、作業の振り分けをされた。
「今日は、変更が必要な品物と数量を確かめるところまでにしましょう。荷札や行き先板は、各教会の確認が取れてから整えます」
リネはほかの学生と一緒に、東へ回す予定の品物を一覧表で確認し、私とエマは必要な箱と数量に印を付けた。誰かが迷うと別の誰かが声をかけ、少しずつ段取りが整っていった。
オルヴェーヌ様やヴェルディス様も、私たちと一緒に書類を見直し、必要な箱を確かめてくださった。
「品物の配分も、何とかなりそうですね」
リネがそう言うと、オルヴェーヌ様は頷かれた。安堵されたようだったけれど、返事をされるまで少し間があった。そして、みんなに声をかけられた。
「皆さん、あともう少しです。引き続きよろしくお願いします」
その言葉に、周りの学生たちも頷いた。
翌日には南と東の教会からも最終確認が届き、南と東の担当に分かれて荷札を書き直し、荷車の行き先板も用意した。重い箱は二人で運び、荷札を確認する学生のそばでは、別の学生が一覧表を読み上げる。最初は名前も知らなかった同級生たちと、気がつけば気軽に声をかけ合うようになっていた。
「マリー、こちらの子供用の衣類も東でいいかしら」
「ええ。エマ、一覧表には入っている?」
「入っているわ。これで数も合うはずよ」
リネはロシュフォール様と協力し、南の担当学生たちとも相談しながら、どちらの教会へ送る品物なのかを最終確認していた。
「モロー嬢、こちらの二箱も東でよろしいでしょうか」
オルヴェーヌ様が荷札を示して尋ねられた。
「はい。名簿にある数と一致しています」
「では、こちらへ運びましょう」
二人が箱を持ち上げると、そばにいた学生が声をかけた。
「私もお手伝いします」
「ありがとうございます。あちらの棚まで、お願いできますか」
リネが答えると、オルヴェーヌ様もその学生に礼を言われた。公爵家のご嫡男も、私たちと一緒に箱を運んでいらっしゃる。最初は少し驚いたけれど、いつの間にか自然な光景になっていた。
準備の最終日には、みんなで荷車へ積み込む順に箱を揃え、先生方と準備委員の確認を経て、ようやく支度が整った。何度も見直すのは大変だったけれど、みんなの力でここまでやり切ったと思う。
その夜、王都の屋敷で課題を片づけながら、倉庫でのことを思い返した。リネが書類の食い違いに気づき、私とエマも一緒に確かめた。その後も同級生たちと声をかけ合い、三日間かけて南と東の教会へ届ける品物を整えた。
最初は、自分たちにどれほどのことができるのだろうと思っていた。けれど、皆と力を合わせて準備を進めるうちに、私にも人の役に立てることがあると分かった。そのことが、何より嬉しかった。
明日は、オルヴェーヌ様とヴェルディス様と一緒に東の教会へ向かう。準備してきた品物を、待っている方々へ届けるのが楽しみだった。
――エマの手帳より
大陸歴662年・夏
『慈善事業の配属初日。配送計画の間違いにリネが気づいた。やはり、リネは凄い』
『計画書は南へ三台。正しくは南へ二台、東へ一台。準備委員会の方が丁寧に対応してくださった』
『私はマリーと物資の数を確認。翌日からは皆で箱の仕分けと荷札の書き直し。何度も数えたので、今度こそ合っているはず。皆との作業は正直楽しかった』
『東の教会では五人で配布を手伝う。名簿を忘れないこと』




