09.東京の巨大植物
「植物なんて調べて、どうするの?」
ハルカが質問をした。
「記録する。どんな植物が、どのくらいの速さで育っているか。何が新しく生えてきて、何が消えていったか。ずっと記録してる。それが楽しくてね」
ミドリさんは、草地を見渡しながら語った。
「私ね、二十年前に静岡の方から歩いてきたんだけど、東京に来てビックリ! こんなに巨大な植物がびっしりだったんだもの」
「確かに、俺もさっき気になりました。
植物って、五十年でここまで育つものなんですか?
廃ビルの壁に蔦がびっしり絡まって、道路の割れ目から木が生えて——こんなに早く育つのって、おかしいですよね?」
ハルカも少し考えている様子だった。
「……私も、ずっと気になってた」
「ハルカもか」
「うん。福島でも思ってた。東京ほどじゃないけど、廃線路の枕木から小さい木が生えてたり、コンクリートの建物が草に飲まれてたり。
五十年にしては、育ちすぎな気がする。
野菜だって、順調に育ちすぎだと思う」
「あなたたちは、福島から来たのね。あ、座って話しましょうか」
ミドリさんは草地の端に座った。俺とハルカも並んで座った。
対岸に並んでいる廃ビルの壁には、無数の蔦が絡まっていた。
「あなたたち、お昼ご飯は食べた?」
「いえ、まだ」
ハルカが首を振った。
「じゃあ、一緒に食べましょう。話しながら」
ミドリさんは、背負っていた袋から包みを取り出した。
「大したものじゃないけど、この辺で採れたものだから」
包みを開くと、根菜と乾燥させた豆が出てきた。
「これ、何の根菜?」
ハルカはその根菜を手に取った。
「それはゴボウよ。この辺に群生してたの。あとこっちはカラスノエンドウの豆。小さいけど、ちゃんと食べられる」
「カラスノエンドウ——雑草だって図書館の本で読んだ」
「雑草と食べられる植物の境界線は、人間が勝手に決めたものよ。
さあ、食べてみて!」
ミドリさんは笑顔でカラスノエンドウを差し出した。
俺は勧められるままに、一粒食べた。
小さいが、しっかりと豆の味がした。
「あ、うまい……。うまいぞ、ハルカ」
ハルカも一口齧った。
「美味しい……」
「でしょ? この辺に生えてるものを食べれば、一人でも十分生きていける」
「これなら、茹でたらもっと美味しいかも」
ハルカはそう言って、スカイフィッシュ号から調理道具を取り出した。
川の水をアルミ鍋で汲み、コンロに火をつけた。持ってきたタイムと塩を加えて、ミドリさんの根菜と豆を一緒に茹でる。しばらくすると、香りが立ってきた。
「わあ……いい匂いね。ハルカちゃん、それは何を入れたの?」
「タイム。福島の集落で育てていて、旅に持ってきてる。
根菜の土っぽい香りとタイムの清涼感が、互いの良さを引き立ててくれそうな気がして」
「あなた、料理が得意なのね」
「この“終末世界”は、食材の種類が少ないから。
一つの食材でいろんな食べ方をしたくて」
「まあ、素敵な考え方ね」
そして、料理が出来上がった。
三人で食べながら、ミドリさんが話し始めた。
「東京の植物って、静岡と比べてサイズが明らかにおかしいのよね。
それで、調べ始めた。植物の成長を測定して、土を採取して、できる範囲で分析した。
私はね、東京の植物の巨大化には、三つ理由があると考えたのよ」
ミドリさんは、三本の指を立てた。
「三つ……ですか……」
「ええ。まず一つ目は、隕石衝突の冬を生き延びた植物は、特別に強いということ。
隕石衝突後の地球は、きっと極端な寒さと日照不足になったと思うの。で、それに強い遺伝子を持っていた植物が生き残ったんだと思う」
「つまり、今の地球に生えてる植物は、全部タフなやつらってことですか?」
俺は体を前に乗り出し、聞いた。
「そのはずよ。そして二つ目は、二酸化炭素の濃度ね。
静岡の土にも、東京の土にも、火山の連鎖噴火が起きていた形跡があったわ。火山灰の地層ってやつね。
きっと、隕石の衝突の影響で、地球内部のマントルの対流が活発化した。それで、大気中の二酸化炭素が増えたはずよ。
植物は光合成で二酸化炭素を使うから、結果、それが増えれば成長は速くなると考えられるわ」
「皮肉な話ですね。人間が起こした災害が、植物には恵みになったってわけですから……」
「自然って、そういうものよ。
人間の都合と、植物の都合は、別のものだから」
ミドリさんは蔦に覆われた廃ビルを見ながら、静かに言った。
「最後は、なんですか?」
「最後——三つ目は、オデッセイ由来の成分よ」
「オデッセイ由来の……?」
ミドリさんが三つ目に挙げたのは、予想もしていなかった言葉だった。
まさかこんなところで、オデッセイという言葉を聞くことになるとは思わなかった。




