10.オデッセイからの恵み
「オデッセイって、あの隕石ですよね?」
俺は目を丸くした。
「そう。小惑星・オデッセイの破片から舞った粉塵が、土壌に混ざり込んで植物の成長を促進している可能性があるの」
「じゃあ、東京だけ植物の成長速度が異常なのって……」
「きっとその粉塵は、雨などによって局所的に降り注ぐ場所があった。
たまたま東京に大雨が降って、異常に植物が成長する場所となったってのが、私の考えよ。
結構ご都合主義の仮説に過ぎないけどね」
ミドリさんは、えへへと頭を掻いている。
「隕石の成分が、植物を育ててるのか……」
「可能性として、ね。まだ断言はできないけど」
「じゃあ、俺らがオデッセイ島に行ったら、調べてみます」
「……!? あなたたち、オデッセイ島に行くの!?」
「はい。まだ行く手立てはありませんけどね……」
「あそこは危険って聞くけど、大丈夫なの?」
「無理そうなら引き返します。
そういう約束で、旅をさせてもらってるので」
三人は料理を食べ終えた。
食事が終わって、三人はしばらく川の音を聞いていた。
「いやぁ、美味しかった!
カラスノエンドウって茹でるとあんな食感になるのね!
ハルカちゃん、作ってくれてありがとうね!」
「こちらこそ、お話ありがとう。
ずっと気になってたから、すっきりした」
「話を聞いてくれる人が来たのは久しぶりだったから、私も楽しかったわ。
一人でいると、誰かに話す機会がなくてね……」
「ミドリさんは、ずっとここに住むつもり?」
「ええ、そのつもり。まだ調べ足りないことがたくさんあるからね。それに、植物の記録ってさ、続けるほど意味が出てくると思わない?」
「でも、一人で寂しくない?」
「ふふ。なぁに、あなた。自分は男がいるからって」
ミドリさんは笑って、ハルカの頬をつついた。
「そういう意味じゃ、ない」
「ごめんごめん。寂しい時もあるけど、毎日変わっていくものが目の前にあると、意外と飽きないのよ?
昨日と今日で、植物の状態が少し違う。それを見てるだけで、一日が終わっちゃうの。
その毎日の積み重ねで、気づいたら二十年も経って、おばちゃんになってた。歳は取りたくないものね、ふふ」
ミドリさんは川の対岸を見た。廃ビルに蔦が絡まっている。
俺はそのミドリさんの目を見て、自分の気持ちと重なった気がした。
「なるほどなぁ。ミドリさんにとっては、それが“終末世界”の楽しみ方なんですね!」
「ええ。世界が終わっても、植物は知らん顔して育ってるでしょ。その逞しさが好きなのよ」
「その気持ち、俺もわかる気がします。飛びながら地上を見てると、地球自体はまだまだ元気に生きてるんだって思います。
人間から見たこの世界は、確かに“終末世界”かもしれない。でも、地球はこれからも生き続けるんだなって……」
ミドリさんは嬉しそうな顔をした。
「あなたたちは、空から見てる。私は地上から見てる。
場所が違うだけで、感じることは同じね」
俺は立ち上がった。
「俺たち、午後からは少しまた東京を飛んでみようと思います」
「この辺りを飛ぶの? 気をつけてね。ビルの間は急に突風が吹く時があるから」
「ハルカがいるから大丈夫です!」
「二人ならば、心強いわね。東京には、いつまでいるの?」
「明日には南下を再開して、オデッセイ島へ行くための足がかりを探します」
「そっか、気をつけてね。
……よし、私も仕事に戻らなきゃ。昨日、新しい場所に蔦が伸び始めてるのを見つけたから、記録しておきたくて」
「ミドリさんも、お気をつけて」
「また東京に来ることがあったら、遊びにおいでね。
川沿いの草地ならいつでも降りられるように、整備しておくから。
その時は、もっといろんな話をしましょう」
ミドリさんは、俺たち二人を交互に見た。
「ミドリさんの研究の続き、楽しみ」
ハルカが言った。
「続きが気になるなら、早く帰ってきなさい。
植物の成長は待ってくれないから、記録もどんどん増えるわよ」
「やっぱり、寂しいんでしょ」
「あはは、そりゃあね」
ミドリさんは草の中に戻っていった。麦わら帽子が、草の海に沈んでいく。やがて見えなくなった。
「ミドリさん、面白い人だったな」
「うん。一人でいるのに、楽しそうだった」
「やっぱ、好きなことをやってるからじゃないか?」
「私たちと、同じ」
「それ、俺も思った」
スカイフィッシュ号のエンジンをかけた。
川沿いに滑走し、機体が浮く。
眼下にミドリさんがいた場所が流れていく。草が風圧で波打った。
「都心の方に行くか……! 夕方まで、もう少し飛んでみたい」
「“天井”まで、今は四百メートル。上に行きすぎると挟まれる。気をつけて」
「四百か、平野にしては低いな」
「うん。ビルの合間を縫うように飛ぶといい」
「了解した!」
スカイフィッシュ号が、廃ビル群の中に入っていく。
そこはまるで、旧人類の遺跡のようだった。




