08.石と鉄の森、関東平野
福島を出て、南へ向かった。
この辺りは、もう何度も飛んだ空だ。
太平洋を左手に見ながら南下すると、やがて関東平野に入るのだが、地形が変わる瞬間がはっきりとわかる。山が遠ざかり、地平線が広くなり、空が一気に開ける。
俺はこの瞬間がたまらなく好きだった。
「“天井”まで、今は六百メートルある。
関東は平野だから、山間部より高さに余裕がある」
俺の背中にハルカの手が触れる。
「気流はどうだ?」
「安定してる。今日は飛びやすい」
「じゃあ低めに飛ぶか。関東平野って、かつての人間の営みが伝わってきて、好きなんだよな」
「うん。私も」
スカイフィッシュ号の高度を下げた。すると、草木の中に、コンクリートの塊が見え始めた。
最初は小さな欠片のように見えたものが、南へ行くにつれてどんどん大きくなる。
かつての住宅地だろうか、屋根が落ちた家の骨格が、格子状に並んでいる。道路の区画が、上から見るとわかる。
「関東って、こんなに広いんだな。
ここら辺は、たくさん人が住んでたんだろ?」
「昔は、一千万人以上が住んでた」
「い、一千万人!?」
「今の地球全体の人口より、多いかもしれない」
「それが全部、ここに住んでたのかよ……」
廃墟が密集してきた。低い建物が終わり、高い建物が増えてくる。五階建て、十階建て、二十階建て。それらが全部、緑に飲み込まれている。
「でっけぇ……。まるで、石と鉄の森だよな……」
「そろそろ、東京の都心に入る」
「都心って?」
「昔、たくさんの人が集まってた場所。高いビルが密集してる」
「なるほどな。この辺まで来るのは、初めてだよな?」
「うん。いつもは利根川が見えるあたりで、折り返してたから」
「利根川って、さっきの広い川か?」
「そう。流域面積が、日本で一番広い」
「日本一……か。そりゃ広いわけだ。
お、前見てみろよ、ハルカ」
前方には、超高層ビルの廃墟群が広がっていた。
五十階、六十階建てのビルが、密林の中から顔を出している。
ガラスは全部割れて、鉄骨の骨格だけが残っているものもある。その骨格には蔦が絡まり、木が根を張っている。
(でも、隕石の衝突から五十年で、こんなに植物って育つもんなのか……?)
そんな事を考えているうちに、廃墟の密度がさらに増してきた。
いよいよ都心に入ってきたらしい。高いビルが増え、空が狭くなる。
「そろそろ降りる場所を探すぞ。
この辺りで、一度情報収集をしよう。きっと誰かしらはいるはずだ」
「あそこの川沿いに開けた場所がある」
「了解だ! 一回低空飛行するから、ハルカは障害物のチェックをしてくれ」
「わかった」
高度を一気に下げた。
かつての河川敷だろうか、草が広く生えていて、スカイフィッシュ号が降りるのに十分な長さがあった。
「ハルカ、地面どうだ?」
「柔らかそう。ぬかるんでたら、主脚が埋まるかもしれない」
「それは厄介だな。
次はもっと低く飛ぶから、草の揺れ方を見てくれ」
草地の上を超低空で横切る。
ハルカは草の揺れ方を見る。水が溜まっている場所は、草の揺れが違って感じられるらしかった。
「真ん中より左側、草の揺れが柔らかい。そっちが乾いてると思う」
「オーケー! アプローチに入る!」
もう一度回り込み、草地を正面から捉えた。
草が風圧で波打った直後、主脚が触れた。少し柔らかいが、沈みはしなかった。
「大丈夫そうだな」
スカイフィッシュ号の速度が落ちていく。やがて止まった。
「ソラヒト、降りて主脚を確認して」
俺はコックピットから降りて、主脚の周りを確認した。少し草が絡まっているが、問題はない。
「大丈夫だ。沈みはしないと思う」
「ありがとう。私も降りる」
手を差し出す。ハルカがその手を取って、ゆっくりと草地に降りた。
「足元、長い草ばっかだから気をつけろよ。見えない石とかあるかもしれん」
「わかった」
近くには、川が流れている。対岸に廃ビルが並んでいる。空に鳥が一羽、遠くを横切っていった。
「鳥……」
ハルカが言った。
「珍しいな。この辺には鳥がいるのか。
でも、隕石で動物もほとんど死んだんじゃないのか?」
「だと思う。でも、生き残った種もいる」
その時、草の中から声がした。
「あなたたち、飛行機で来たの?」
「うわ、びっくりしたっ!」
振り返ると、草の中にしゃがんでいる人物がいた。
現れたのは、女性だった。
四十代くらいだろうか。麦わら帽子をかぶり、膝まで泥で汚れた作業着を着ている。
手には、小さなスコップを持っていた。
草に隠れていたせいで、まったく気づかなかった。
「驚かせてごめんなさい。声をかけるタイミングを逃しちゃって」
女性が立ち上がった。麦わら帽子の下から、日焼けした顔が出てきた。
「着陸、下から見てたわよ。
何度も丁寧にアプローチするのね?」
「この高さの草地だと、地面の凸凹が見えなかったもので。
あ、俺はソラヒトって言います。こっちはハルカ。
あなたは?」
「私は、ミドリよ。ここに来て、二十年になる」
「一人でいるんですか?」
「ええ、一人で。ここの植物を調べるために住み始めたの。
この辺りの植物って、ちょっとおかしいのよ……」
ミドリさんが言っているのは、さっき俺が感じたものと同じなのだろうと思った。
東京の植物は、デカすぎる……。




