48.帰還への空路
午後からは、俺とアッサマで機体の整備を行った。
父さんを乗せて帰るために、スカイフィッシュ号に急ピッチで座席を増設した。
「滑走路、だいぶ綺麗ですね」
アッサマがシンデン改の窓を拭きながら言った。
「ああ、父さんが毎日欠かさずに手入れしてたんだろうな。十五年間、誰かが来るのを待っていた……」
「孤独だったでしょうね……」
整備を終えた俺とアッサマは、畑に寄った。
ハルカが野菜を収穫しているのが見えた。
「ソラヒト、お父さんの畑、すごいよ。見たことない野菜もある」
近くにいた父さんが、得意げに頷いた。それから、いくつかの野菜を指差して、これは食べられる、これは少し苦い、というように身振り手振りで伝えてくる。
「野菜で何作るんだ?」
「やっぱり、私は鍋料理が好きかな」
ハルカは鍋を取り出した。父さんの畑で採れた根菜と、見たことのない実をいくつか組み合わせる。香りを確認しながら、少しずつ鍋に投入している。
俺は、持参していた桃の顆粒を持ってきた。
「これも入れよう。父さん、桃が好きだったはずだ」
「うん。いいと思う」
ハルカは鍋に火をかけた。
鍋から桃の香りが立ち上ると、父さんが何かを感じたように動きを止めた。
「父さん、いい匂いだろ?」
父さんは鍋に近づいて、深く息を吸い込んだ。それから、目を閉じた。
しばらくして、父さんの目から涙が一筋流れた。
料理が完成すると、五人で囲んで食べた。
父さんは、一口食べるごとに何かを思い出すような表情をする。
トビオ爺が、静かに父さんを見ていた。
「ソウタ、よくここまで一人で生きてきたな……」
父さんはトビオ爺を見た。それから、ゆっくりとトビオ爺の手を握った。
誰も、何も言わなかった。ただ、夕暮れの光の中で、五人が静かに食事を続けていた。
その日は父さんの小屋で一泊した。
◇
翌朝、ハルカが空を見上げて表情を変えた。
「……渦が、強くなってる」
「え?」
「来た時より、ずっと激しい」
俺は空を見上げた。確かに、昨日は穏やかに見えていた島の上空が、今日は荒々しく唸っている。
「でも、もう出た方がいいと思うぞ。今朝起きたら、髭がめっちゃ伸びてたし……、このままじゃ俺たちまで猿になっちまう」
「それは、いや」
そして、全員で渦を見上げた。その時——
「下がっててください。僕、なんかいけそうな気がします……」
アッサマだった。いつものクールな声ではなく、緊張と確信が混じった声だった。
「アッサマ、何を——」
「僕が、空路を切り開きます……!」
アッサマは、両手を前に突き出すように伸ばした。
すると、前方を塞いでいた灰色の雲の壁が、わずかに動き始めた。
「な、これ……」
俺は目を見開いた。
アッサマの手の先——雲の壁の一点が、ゆっくりと薄くなっていく。
「アッサマ、お前——」
「説明は後です。集中させてください……っ!」
アッサマの腕は震えていた。額に、汗が滲んでいる。それでも、手は下げなかった。
——そして、雲の壁に亀裂のような穴がぽっかりと開いた。
その穴の向こうには、青い空が見えている。
「空路が、開いた……」とハルカが、信じられないといった様子で言った。
「アッサマ、お前もオデッセイで能力が……」
「僕はずっと、風に乗ることに長けていた。それがここで覚醒したのでしょう。僕が風に乗るんじゃない、風が僕に従うんだ……!」
「すごい、アッサマ……」とハルカが小さい声で言ったのが聞こえた。アッサマには聞こえなかったのだろう。聞こえていたら、きっと図に乗るはずだ。風ではなく。
「父さん、一緒に帰ろう。
狭いと思うが、俺の飛行機に乗ってくれ」
父さんは頷き、スカイフィッシュ号に乗った。ハルカは、父さんの隣の後部座席に座った。
トビオ爺はオデッセイ島の中心に向かって合掌をしてから、シンデン改に乗り込んだ。
その合掌は、五十年前、ここに落下したであろう仲間に向けてだった。
二機が、滑走路を駆け抜けて浮き上がった。
風の穴を抜けて、一気に加速する。
壁を突き抜けると、穏やかな海が眼下に広がっていた。
「父さん、気持ちいいか?」
そう聞くと、父さんは何度も頷いていた。十五年ぶりに空を感じたのだろう。
◇
十時間くらいフライトを続けると、前方に見覚えのある海岸線が広がった。奥では、阿武隈山地に夕陽が沈んでいく。
父さんは、海岸線をじっと見つめていた。長い間、戻ることができなかった場所。十五年分の思いが、その目に詰まっているようだった。
「父さん、帰ってきたぞ」
父さんの目から、涙が零れた。




