47.記録された記憶
「マジかよ……、ここまで来て……」
俺は、割れた記録媒体に手を伸ばした。
しかしその瞬間、これまでとは違う感覚がした。
「……っ!!」
俺は後ろにのけぞった。
「ソラヒト、大丈夫?」とハルカが心配そうに聞いた。
「ああ、少しビックリしただけだ。なんつーか、データが、感じられる。読めるんじゃなくて——感じられる」
俺は破損した記録媒体に手を当て、目を閉じた。
すると、頭の中に何かが流れ込んできた。それは、感覚として現れた。
記録が——再生される。
◇ ◇ ◇
「記録開始っと! みんな〜、ここからは記録に残るから、変な話はしないでよ〜!
セクハラとか、ちょ〜アウトなんだから!」
軌変隊の記録係は、この声の女性のようだ。
「誰もセクハラなんかしたことないだろ……」
軌変隊が、宇宙へ向かったのは、五十年前の冬だった。
五名の隊員。それぞれが、異なる専門分野を持っていた。操縦、軌道計算、通信、生命維持装置の管理、データの記録、そして隊長。
「各々、準備は整ったか?」
隊長の声に、隊員たちが応えた。
「全システム、正常に作動しています!」
「小惑星・オデッセイの軌道も再計算しました!
やはり、地球へ向かって落下する軌道に入っています……!」
「NEXUS本社との通信もバッチリっす! 任務を完了させましょう!」
「……」
一人の隊員が、操縦席に静かに座っていた。彼は二十五歳の男性。隊の中で一番若かった。
「お前、緊張してるな?」と隣の隊員が言った。
「……していないとは、言えませんけど……」
「無理もない。これは、人類が初めて隕石の軌道を変える任務だ。
だが、気負いすぎも良くない。気楽にいけ」
「はい。ありがとうございます……!」
隊員たちは笑っていた。緊張の中にも、確かな温かさがあった。
任務は、当初の予定通りに進んだ。
小惑星・オデッセイとシャトルの速度を合わせて取り付く。軌道変更のための計算も完璧。
隊員はシャトルから降り、計画された作戦の実行を開始した。最年少の男は、起爆装置の設置担当だ。
「若造、取り付け深度は合ってるか?」
隊長が確認をする。
「はい、合ってます。先輩にも確認してもらいました」
「了解だ。それじゃ、五分後に発破するぞ〜! 全員、脱出ポッドの近くまで退くんだ!
軌道の変化を確認後、すぐに脱出できるよう用意しておけ!」
「「了解!」」
最年少の男は、ポッドに異常がないか再度確認するため、一足先に中に入ろうとした。手がわずかに震えていた。
「若造、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です……!」
そして、隊長のカウントダウンの声が無線に響いた。
「三、二、一——発破ァ!」
爆音が、宇宙の静寂の中で衝撃波となって轟いた。
計測機器が、軌道の変化を捉えている。
「……軌道の変化を確認。計算通りです!」
隊員たちの間に、歓声が広がった。
「やった……やったぞ!」
「成功だ!」
最年少の男も、思わず涙を流した。
しかし、異変は突然だった。
「……な、何よ、これ……?」
記録係の女性が違和感に気づく。
そして、地面が揺れた。そう思ったのも束の間、隊員が立っていた地面に大きく亀裂が入った。
「小惑星が……、わ、割れます……っ!」
「なぜだ、計算では——」
「わかりませんっ! 予測していなかった事態が起きていますっ!!」
——そして、割れる。脱出ポッドと最年少の男を残し、四人の隊員はどんどん離れていく。
「隊長っ! 先輩っ!!」
最年少の男は、必死に叫んでいる。
隊長は、体を小惑星に固定するよう、隊員に指示を出した。
軌道計算係の隊員は、冷静にパソコンにデータを打ち込んでいる。そして、結果が出た。
「みんな、安心してくれ。オデッセイ本体も、我々が取り残された欠片も、地球への落下ルートは避けている。
落ち着いて助けを待とう」
しかしその時、隊長が何かに気づく。
「……なあ、明らかに地球の重量に引かれてないか? 俺たち。
パソコン、見せてくれ」
隊長がパソコンを覗き込む。しかし、計算式は合っている。何度見ても、何度見ても、合っている。
「……おかしい。結果だけが……違う。
パソコンに……細工? いや、誰が、何のために……?」
隊長をはじめとして、隊員それぞれに何か心当たりがあるようだった。
しかし、確信がない。誰が何のために“それ”をするのか、理解ができない。
その時、一人の隊員が“それ”を口にした。
「隊長、僕ら、何かの“陰謀”に巻き込まれたんじゃ……?
ほら、起爆装置にも細工された形跡が……!」
「なん……だよ……。俺たちが何かに気づくと思って、口封じされたってことかよ……っ!」
隊長の表情が固まる。
「た、隊長……。落ちます……。落ちていきます——地球へ……!」
その様子を見ていた最年少の男は、脱出ポッドに乗り込んだ。ポッドを起動させ、四人が取り残されている隕石へ向かった。
「くそっ! 間に合え、間に合え、間に合えぇぇぇっ!!」
しかし、地球の重力に引かれてどんどん加速していく隕石に、追いつくことはできなかった。
たかだか脱出ポッドにそこまでの推進力はなかった。
「宇宙は、広いな……」
それは、己の無力さを嘆くような言葉だった。
その時、隊長から通信が入った。
『聞こえるか? 若いの——』
「隊長、すみません……っ! 取り付け深度が、もしかしたら——」
『いいから聞けっ! ……お前は、若い。俺たちの分まで生きるんだ。生きて伝え……れ、俺たちは陰……に巻き…………、それを…………んだ。
じゃあな——トビオ』
最年少の男の名前は、トビオというらしかった。
「隊長……っ! 何を、何を言ったのですかっ!?
隊長ォォォォ!!」
トビオの視界に最後に映ったのは、地球へ落ちていく小惑星の上で、隊員たちが手を振っている姿だった。
通信記録の最後に、隊長の声が残っていた。
「NEXUS、聞こえるか? 作業は完了したが、予期せぬ事態が発生した。最年少の隊員一人だけが帰還する。
我々は最後まで、任務を全うした」
『こちらはNEXUS社長だ。隊長、任務ご苦労。そして許してほしい、お前たちにはLABIの連中と一緒に消えてもら——』
◇ ◇ ◇
俺は、目を開けた。涙が頬を流れていた。
それから、今見た映像を全員に伝えた。それと、旅の途中で得たNEXUSとLABIの情報も。全員、黙って最後まで聞いてくれた。
「……トビオ爺」
トビオ爺は、声を出さずにただ涙を流していた。
「わしらは……」とトビオ爺が、ようやく言葉を出した。「世界の闇に飲まれたのか……」
父さんが、トビオ爺の隣に座った。言葉はない。しかし、トビオ爺の背中に、そっと毛むくじゃらの手を当てた。
「みんな……立派じゃったよ」とトビオ爺が、声を震わせながら言った。「最後まで、立派に……任務を……」
オデッセイ島に、静かな風が吹いていた。




