49.地球上のみんなへ
俺が育った福島の集落が、はっきりと見えてきた。二機が、滑走路に向けて高度を下げていく。
着陸してエンジンを切ると、子どもたちが真っ先に駆け寄ってきた。集落の人々も、次々と出てくる。
「ソラヒト兄ちゃん、おかえり!」
「ああ、ただいま……!」
子どもたちが、コックピットから降りてくる父さんを見て足を止めた。
「……さ、猿!?」
まあ、驚くのも無理はないが。
「いや、父さんだ。オデッセイ島で十五年間、一人で生きてきたみたいだ。少し、姿は変わっちまったけどな」
子どもたちは、おそるおそる近づいた。父さんは、ゆっくりとしゃがみ込んで、子どもたちと目線を合わせた。
「……ふわふわだ」
一人の子どもが、父さんの体毛に触れた。父さんは少し驚いた顔をしたが、嫌がらなかった。
「ソウタさん……、本当にソウタさんなのか……?」
集落の大人たちは、口々に父さんの名前を呼んだ。誰も、その姿を見て怖がらなかった。ただ、無事に帰ってきたことを喜んでいた。
それから、集落で大きな食事会が開かれた。
その席でトビオ爺は、軌変隊の一員だったことを初めて語った。
「五十年前、わしは——軌変隊の一員じゃった」
集落の人々が、静まり返った。
「みんな、最後まで立派に任務を全うした。
だからわしは、死んでいった仲間たちが、世間からまるで悪者のように言われるのが耐えられなかった……。
『隕石の落下は、軌変隊による“人災”だ』と言われるのが……」
トビオ爺は俯き、静かに涙を零した。重力に引かれて、涙の雫が落ちていく。
俺はトビオ爺の背中を支えた。
「すまんな、ソラヒト……。
だが、結局は“人災”じゃった。軌変隊ではなく、NEXUSという組織の上層部が起こした“人災”じゃ。
謝って許されることではないが、謝らせてくれ……。
本当に、申し訳なかった……」
トビオ爺が深く頭を下げた。責める者は、誰もいなかった。
◇
それから数日間、俺たちは父さんの様子を観察していた。
父さんは毎日、楽しそうに野菜の世話をしている。十五年間一人でやってきたことを、誰かと一緒にできるのが嬉しいようだった。
「父さん、無理しなくていいぞ」
父さんは首を振った。それから、また畑仕事に戻った。
その時、ハルカが一冊の本を持って歩いてきた。
「ソラヒト、前に見せたこの本、覚えてる?」
「『人類の進化図鑑』、確か北海道に行く前に見せてもらったよな? ……あ!」
その時、俺は思い出した。『今後の進化予想』ってページに、毛むくじゃらの人間が描いてあったことを。あの姿は、まるで今の父さんだ。
そして、こんなことも書いてあった。
『人類は感覚器官を体毛に移し、現在の人間が感じることのできない“第六感”を獲得するでしょう。声帯も失われ、テレパシーで会話をするようになる可能性もある』
「じゃあ、これがもし当たってるとしたら、父さんはオデッセイ島で進化したってことか……!」
「たぶん」
進化なら、まだ希望が持てた。
俺はてっきり、父さんは猿に退化してしまったのだと思っていたから。
◇
ある晩、ハルカといつもの丘に登った。そして、宇宙を見上げながら話した。
「ソラヒト」
「なんだ?」
「私たち、たくさんの人に出会った。シロさん、テツジさんとミドリさん、ミオちゃんとカズマさん、ダイチくん、ウミさん、シャオリンさんとチェン先生、ダーラムさん。
みんな、私たちのことを助けてくれた」
「そうだな」
「でもまだ、オデッセイ島に着いたことも、お父さんのことも、軌変隊の真実も、伝えてない」
「わかってる。準備ができたら、みんなのところに戻ろう」
「うん。行きたい」
福島の宇宙には、星が静かに光っていた。草木もすくすくと育っている。
俺は、その近くにある人影に気づいていた。
「アッサマ、盗み聞きか?」
アッサマが草木の影から姿を見せた。
「僕にそのような趣味はありませんよ。ただ、ちょっと出るタイミングを窺ってただけで……」
「……まあいい。アッサマは、ドバイにはまだ帰らないのか?」
「……しばらく、ここにいます。シンデン改の整備も、もう少し必要ですし」
「整備なら、もう終わってるだろ」
「……う、うるさいですね。念には念を入れるのが、僕の主義なんです」
アッサマが、ハルカの方をちらりと見た。
「お前、わかりやすいよな」
「な、何のことです……!」
「いや、何でもねぇよ。じゃあ、俺らと一緒にまた飛ぶか?」
「まあ、付き合ってあげてもいいですよ?」
「ほんと、可愛くない奴だな」
三人は笑った。その笑い声は、“天井”を突き抜けて地球に広がっていったように感じられた。
◇
出発の朝、集落の人々が見送りに来た。
「今度は、どこへ行くの?」と子どもたちが聞いた。
「これまで会った人たちに、報告に行くんだ。
父さんが見つかったこと、あの日の軌変隊に起きたこと、全部な」
「そっか! 気をつけて行ってきてね!」
スカイフィッシュ号とシンデン改、二機のエンジンが唸りを上げた。
機体が、福島の草地から浮き上がった。
眼下には、見慣れた集落が広がっていく。畑で手を振る父さんが見えた。トビオ爺は、隣で何かを話している。
アッサマのシンデン改が、後ろからついてくる。
「行くぞ、ハルカ」
「うん」
スカイフィッシュ号とシンデン改が、もう一度空へ飛び立った。
第一巻「オデッセイ島へ」 完




