44.オデッセイ島へ
翌日、俺は整備場でアッサマを捕まえた。
「アッサマ、ちょっと頼みがあるんだが」
「なんです?」
「トビオ爺を、シンデン改に乗せてほしいんだ。座席、一つ空いてるだろ」
アッサマは眉をひそめた。
「重量バランスが変わります。それに、ひとりの命を預かるんです、簡単に頷けることじゃないですよ」
「まあ、そう言うと思った」
俺は踵を返し、ハルカのいる図書館へ向かった。
別に、トビオ爺の件を諦めたわけではない。
ハルカは図書館の椅子に座っていた。
「ハルカ、おはよう」
「おはよう」
「本読んでる所悪いが、アッサマにトビオ爺を乗せてもらうよう頼んでくれないか?」
「……なんで私が」
「いいからいいから」
ハルカは少し不思議そうな顔をしながら、俺の後ろをついてきた。
そして、整備場にいるアッサマを見つけると「アッサマ、トビオ爺を乗せてあげて」と、軽く言った。
アッサマの表情が、一瞬で変わった。
「……まあ、いいでしょう」
「え、もう?」
俺は思わず声に出してしまった。いくら何でも、ハルカのお願いだからって、返事が速すぎるだろ。
「重量バランスなんて、人が一人乗ったところで大して変わりませんし、ソラヒトさんが設計したエンジンがあれば、必ず辿り着けます」
「お前、さっきまで渋ってたじゃんか」
「気が変わったんです。人間、気が変わることくらいあります。むしろ、気が変わるから人間なんです」
アッサマはごちゃごちゃと御託を並べている。
「……ハルカが言ったからだろ?」
「う、うるさいですね、相変わらず」
ハルカが「ありがとう、アッサマ」と言うと、アッサマの顔がまた少し赤くなった
俺は笑いをこらえるのに必死だった。
◇
午後からは、トビオ爺も交えて作戦会議を始めた。
まずはハルカが、聖なる岩に触れて遠くの大気を読んだ。
「ハルカ、大丈夫か?」
「うん。このくらいなら、平気」
「よかった。それで、どうだった?」
ハルカは紙に地図を描いた。北太平洋にあるとされるオデッセイ島を中心とした地図だった。
「北太平洋が、渦を巻いているのを感じた。その中心にあるのが、オデッセイ島。そこだけ大気は穏やか。
渦は反時計回りで回ってるから、日本の側は北の冷たい空気が吹き荒れてる」
「つまり、そこを抜ける時に石油精製燃料でエンジンを温めるわけだな」
俺がそう聞くと、ハルカはペンで飛行経路を書き足した。
それは、真っ直ぐ渦の中心へは向かわず、反時計回りにぐるりと回った。
「真っ直ぐは飛ばないのか?」
「真っ直ぐ飛べるほど、甘い横風じゃない」
「風の流れに沿って、少しずつ近づくってことか?」
「時間はかかるけど、それが安全だと思う」
「安全なのはいいが、どのくらい時間がかかる計算なんだ?」
「二十時間は、覚悟した方がいい」
俺とアッサマは顔を見合わせた。
「アッサマ、二十時間なんて飛んでたことあるか?」
「……あるわけがないでしょう。
ハルカさん、では何時ごろ出発するのがいいと思いますか? 着陸は明るくないと難しい」
「午後からのフライトが、ベスト。
出発の日は、お昼前まで寝てた方がいい。トビオ爺も早起き禁止」
「花の水やりは村の若いのに任せるかの」
トビオ爺は、名残惜しそうに言った。
その日の夜は、寝床の窓に布を貼り付けて寝た。朝が来ても明るくならないように。
◇
翌日、俺はハルカに起こされた。
もうお昼を過ぎていたらしいが、全く気づかずに眠ってしまっていた。
だが、今まで感じた中で、一番スッキリと目が覚めた。
「……っしゃ、行くか!」
「うん。行こう」
滑走路に出ると、集落の人々が見送りに来ていた。子どもたちが「行ってらっしゃい!」と叫んだ。料理を作ってくれたおばちゃんが、保存食の包みを持たせてくれた。
「お腹が空いたら、コックピットで食べなさい」
「ああ、いつもありがとな、おばちゃん」
トビオ爺は、シンデン改の後部座席に乗り込んでいた。
「うむ、悪くないの」
「トビオ爺、アッサマは上手い。安心して乗ってていいぞ」
「アッサマくんの目を見ればわかる。最初から信頼しとるよ」
「ありがとうございます、トビオさん」
この二人って案外いいチームかもな、そう思った。
「じゃあ、俺たちが先に出るから、アッサマはその後をついてきてくれ。何かあったら遠慮なく連絡してくれ」
「わかりました。気をつけてくださいね、ソラヒトさん」
「アッサマもな」
俺はアッサマに拳を突き出した。アッサマも拳を握り、こつんと合わせてくれた。
「ハルカ、俺たちも乗るぞ」
「うん」
スカイフィッシュ号とシンデン改、二機のエンジンが唸りを上げた。
福島の集落を飛び立ち、太平洋へと向かった。
午後の太陽の光が、背中を押してくれた。




