43.いつもの味は、特別な味
出迎えてくれたのは、いつも料理を作ってくれるおばちゃんだった。
「あら、ソラヒトくん、ハルカちゃん。無事に帰ってきたのね。
ご飯、たくさん食べていきなさい」
献立は、野菜の味噌汁と、塩漬けの魚だ。
ずっとここにいたら、質素だと思ったかもしれない。でも、世界を旅してきた俺には違って見えた。
「「いただきます」」
俺とハルカは空っぽのお腹に、味噌汁を流し込んだ。
美味い……。福島の食材で作られた料理は、どこか特別な味がした。
アッサマは恐る恐る、味噌汁を一口飲んだ。
「どうだ、美味いか?」
俺はアッサマの方を見て聞いた。ドバイでは味噌汁なんてないだろうから、正直不安な気持ちもあった。
しかし、アッサマは「……美味しい」と言った。少し驚いた顔だったが、心の底からの言葉だった。「ドバイの味とは、全然違う。でも、美味しいです」
それを聞いたトビオ爺は、「そりゃそうだ」と言った。「育った場所が違えば、味の好みも違う。でも——美味いものは、どこでも美味いわい」
食べていると、集落の子供達が続々と集まってきた。
「ソラヒト兄ちゃん、おかえり!」
「おう、ただいま! 悪いな、先に食ってたぞ」
「オデッセイ島はどうだった?」
一人の子供が、そう聞いた。トビオ爺の箸の動きが止まった。俺にはわかる——トビオ爺こそ真っ先に聞きたかったことだが、聞けなかったということを。
「……実はな、オデッセイ島は、まだ行けてないんだ。
でも、世界を回ってその準備は整えてきた。
だから、明日以降で条件が良い日があれば、福島から直接向かおうと思う」
子供たちは「へー!」「そっかー!」と言い、次々と質問をぶつけてきた。「どこまで行った?」とか、「何が一番美味しかった?」とか、子供らしい質問が多かった。
◇
食事が終わった後、整備場へ行くとトビオ爺がいた。
「トビオ爺、こんな所にいたのか。……あのさ、少し、話があるんだけど……」
「なんじゃ?」
トビオ爺は動きを止め、俺の目を見た。
「沖縄でさ、父さんの手紙を見つけたんだ」
俺は胸のポケットから手紙を取り出した。皺がついて、少しボロボロになっている。それでも、ずっと持ち歩いてきた。
「……ソウタの手紙か。どんな内容だった?」
「軌変隊の記録が、オデッセイ島にあるかもしれないって。確かめたいって。帰らなかったら、代わりに確かめてくれって。
それで俺、気づいたんだ。俺が父さんを追いかけてるんじゃなくて、俺と父さんが同じものを追いかけているだけなんだって。
そう気づいたら、なんか自分が誇らしくなっちゃってさ」
トビオ爺に手紙を渡した。じっと見ている。読んでいるのか、ただ見ているだけなのか、わからなかった。
「ソウタも、ソラヒトも——わしと同じことを思っていたのか……」
トビオ爺の声は少し掠れていた。
「同じって——じゃあ、トビオ爺も……?」
トビオ爺は、黙ってスカイフィッシュ号を見ていた。自分からは言いたくない、といった感じだ。
だから俺は、少し話題を変えた。
「結構変わっただろ、この機体」
三枚翼になり、エンジンも変わっている。旅立ちの時とは、全く形が変わっていた。
「ああ、翼もエンジンも、よく考えられておる。
わしが設計したものと比べて、大違いじゃ」
「つっても、翼とエンジン以外は何もいじってないぜ?
トビオ爺が土台を作ってくれたから、ここまで飛んでこられたんだ」
「懐かしいの……、わしがコイツを設計したのは、十年も前になるな」
「ああ、トビオ爺に乗せてもらうの、すごく気持ちよかったな。今でも覚えてるよ」
「ほんの数ヶ月でパイロットは交代になったがの。お前は天才だと思った」
「なんだよそれ、俺はただトビオ爺が動かしてるのを見て真似しただけだ」
「それを天才だと言うんじゃよ」
二人でしばらく機体を眺めていた。
すると、トビオ爺がこの場から去ろうと、足を一歩動かした。
——俺は、トビオ爺の気持ちを代弁した。
「なあ、トビオ爺。本当は飛びたいんだろ?——空。
行きたいんだろ?——オデッセイ島」
トビオ爺は、少し考えるように頭を掻いていた。俺が考える時と、同じ仕草だ。
「俺さ、操縦を覚えてすぐにハルカを乗せるようになったから——トビオ爺と飛んでた時間って、案外少ないんだよな」
トビオ爺は、何も言わずに聞いていた。いや、言わないんじゃない、言えないような感じだった。
「トビオ爺、一緒にオデッセイ島へ行かないか?
俺、なんとなくだけど、トビオ爺も飛びたいんじゃないかって、ずっと思ってた」
「でも、ハルカちゃんなしじゃ、危険じゃろ……」
「アッサマのシンデン改がある。座席は一つ空いてるはずだ。話は俺がつけるから、後はトビオ爺の意思だけだ……!」
トビオ爺は、宇宙を見上げた。
「宇宙は、広いな」
俺は何も言えなかった。トビオ爺の表情に、何か深い色があった。それが何なのか、まだわからなかった。
◇
夜、寝る前に、ハルカと一緒に外へ出た。
星がよく見えた。チベット高原ほど鮮明ではないが、俺は福島の星空が一番好きだった。世界を飛んだ今なら言える——世界一好きだ。
「ハルカ、次はいよいよオデッセイ島だな」
「うん」
「怖いか?」
いつものように聞くと、ハルカは少し考えている様子だった。
「……怖い。でも——ここまで来た意味を、意義を、確かめたい」
「俺も同じだ」
二人で、しばらく星を見ていた。同じ気持ちで、同じ方向を見てるってわかった。きっとハルカもわかってるはずだ。
「ハルカ、ありがとうな」
「何が?」
「ここまで、一緒に来てくれて」
「……お礼を言うのは、おかしい。私が来たかったから、来ただけ」
「それでも、ありがとう」
星が静かに光っていた。いよいよ最後の旅が始まる。




