41.大陸横断フライト
ドバイを出て、中央アジアへ向かった。
“天井”が低いペルシャ湾を迂回し、イランの山岳地帯を抜ける。荒々しい山並みが続くが、“天井”の高さに余裕があり、危険な飛行ではなかった。アッサマのシンデン改が、新しいプロペラの音を立てながら隣を飛んでいる。
「プロペラ、慣れたか?」と無線で聞いた。
『思った以上に静かですね』とアッサマが返した。『ジェット噴射より、操縦が安定してる気がします』
「気に入ったか?」
『まあ、悪くはないですね』
中央アジアの乾いた台地を、三日かけて飛んだ。山を越え、谷を抜け、時々集落を見つけてご飯を分けてもらう。
今夜はタジキスタンの山間部で野宿することになった。
「ハルカ、明日もこの調子で進めそうか?」
「明日も“天井”は高くなると思うし、大丈夫。ただ、ここから先は——」ハルカが東の方を見た。「タクラマカン砂漠とゴビ砂漠——二つの広大な砂漠が続く」
「砂漠……か」
「うん。人がいるとは思えないし、補給が難しい。一気に抜けた方がいい」
「一気にって、一日で行けるもんなのか?」
「ちょうどこの時期は、偏西風が強く吹いてる。うまく乗れば、かなり速く進める」
焚き火の前で、ハルカが地図を描いた。簡単な手書きの地図だ。タジキスタンから東へ進むと、タクラマカン砂漠、その先にゴビ砂漠、そして北京。
地図を見て規模を把握したのか、アッサマが立ち上がって拳を突き上げた。
「よっしゃ、じゃあ明日は早朝に出発しましょう!
ソラヒトさん、寝坊はしないでくださいよ?」
「へいへい」
「ハルカさんは、僕が優しく起こしてあげますからね〜」
「遠慮しとく」
その後は、早い時間に布団を被って目を閉じた。
◇
翌朝、夜明け前に出発した。
空はまだ薄暗い。星が残っている。タジキスタンの山々が、紫色の輪郭で浮かび上がっていた。
「ハルカ、風はどうだ?」
「今はまだ弱い。でも、高度を上げれば、すぐに強くなる」
「“天井”は?」
「かなり余裕」
「わかった、高度上げるぞ。アッサマも聞こえてるな?」
『了解です。僕についてこれますか?』
スカイフィッシュ号とシンデン改は、ぐんぐんと高度を上げていく。新しいエンジンが、力強い音を立てている。
「新しいエンジン、いい仕事してるな」
「うん。今までだと、この高度なら少し息切れしてたはず」
海抜二千メートルを越えたあたりで、風が変わった。
「来る」とハルカが言った。
直後、機体がぐっと前に押された。
「うおっ」
スカイフィッシュ号が、いつもより速いスピードで前進していく。エンジンの出力はそのままなのに、これまでの倍近い速度で景色が流れていく。
「にしても、すげぇ風だな」
「偏西風。地球を西から東に向かって、ぐるりと吹いてる帯のような風。中緯度地域では、いつもこの方向に強い風が吹いてる」
「飛行機にとっては、最高の追い風だな」
「うん。燃料も節約できる」
「アッサマ、聞こえるか?」と無線で呼びかけた。
『聞こえてますよ。こいつは、すごい速度ですね……』
「俺も初めてだ。あまり調子に乗って離れるなよ」
『それは僕のセリフです。随分と楽しそうな声に聞こえますが?』
「へへ、バレたか。正直、めちゃくちゃ楽しい」
『僕もです』
二機が、朝日を浴びながら東へ向かって突き進んでいく。
◇
しばらくすると、タクラマカン砂漠が見えてきた。
地平線まで続く、茶色の砂の海。風で作られた波模様が、地表に延々と広がっている。木も草もない。完全に不毛の地だ。
「すごい景色」とハルカが言った。
「人は、住んでなさそうだな」
「うん。オアシスにも煙は見えない」
砂漠の上を、新しいエンジンで快調に飛んでいく。地表からの熱が上昇気流を生んでいるが、偏西風がそれを押し流すように吹いている。機体は安定していた。
「ハルカ、大気はどうだ?」
「とっても素直。砂漠特有の熱の上昇と、偏西風がうまく噛み合ってる。今日は飛びやすい日だと思う」
「ラッキーだな」
「うん。タイミングがよかった」
太陽が高くなるにつれ、地表の温度が上がっていく。砂漠の表面が、ゆらゆらと熱気で揺れて見えた。
「下、見てみろ」と無線で言った。
『蜃気楼ですね』とアッサマが返した。『夏の砂漠特有の現象です』
「綺麗だな、なんか」
『見慣れていない者にとってはそう見えるのかもしれませんが、地上ではかなり危険ですよ。僕は一度、これに惑わされて遭難しかけたことがあります』
「空から見てるくらいがちょうどなんだな」
俺は改めて感じた——人間にとって脅威であるはずのものを美しいと感じてしまうのは、なぜなのかを。
◇
昼を過ぎても、エンジンの調子は落ちなかった。
『こちら、アッサマ。ソラヒトさん、聞こえますか?』
「ああ、聞こえてるぞ。どうした?」
『いや、大事な用事ではなく、燃費の良さに驚いただけです。エリクシル燃料、素晴らしいエネルギーなんだなって思いまして』
燃料の計器を確認すると、思っていたよりも減っていなかった。
「偏西風のおかげもあって、かなり燃費が良くなってるな」
『このペースなら、今日中にゴビ砂漠まで抜けられるかもしれませんね』
「ああ、行けるところまで行こう」
タクラマカン砂漠を抜けると、しばらく荒れた台地が続いた。そして、再び砂漠が見えてきた。
「今度のが、ゴビ砂漠か?」
「うん」
タクラマカン砂漠とは、地表の色が少し違う。礫が多く混じった、灰色がかった砂漠だ。それでも広さは負けていない。地平線の彼方まで、同じ景色が続いている。
「なぁ、ハルカ。同じ砂漠でも、場所によって見た目が違うのはなんでなんだ?」
「土の成分が違うから。地質が違えば、見た目も変わる」
「土の、成分ねぇ……」
スカイフィッシュ号とシンデン改は、ゴビ砂漠を力強く飛び続けた。日が傾き始めても、機体は失速しない。エンジンの音は、出発した時から一度も乱れていなかった。
「アッサマ、エンジンの調子はどうだ?」
『問題ないですよ。むしろ、これまでで一番安定してるまであります』
「俺の設計、悪くなかったみたいだな」
『自分で言わないでくださいよ』
「言いたくなるくらい、いい仕事した気がする」
『まあ、それは認めますけど』
フライト中の話し相手が増えた。俺はそれが単純に嬉しく思えた。




