40.始まりの場所から
料理中のハルカは、目を見開いた。俺とアッサマの会話が聞こえていたようだ。
「日本から、直接行くの?」
「ああ。エンジンを改良して、寒さに耐えられるようにすば、北側から近づけると思わないか?」
「それは……」
「もちろん、まだ仮説だ。でも、外国を回った意味は、無駄じゃない。色んな場所で、色んな知識を集めてきた。
それを全部使えば——」
「行けるかも、しれない」
ハルカはそう言った。今から何か楽しいことでも始めるかのように。
俺はアッサマに「頼めるか?」と言ったが、ふん、とそっぽを向かれた。
直後、ハルカが、「お願い、アッサマ」と言うと、すぐに「まあ、手伝ってあげてもいいですよ?」と返した。
今後アッサマに協力を仰ぐときは、ハルカに任せよう……。
◇
翌日から、集落の工房を借りてエンジンの改造に取り掛かった。
石油精製燃料の燃焼系統を、エリクシル燃料のエンジンに組み込む。低温環境の時だけ石油精製燃料を燃焼させることで、熱を発生させてエリクシル燃料が凍結するのを防ぐ。
「やはり、複雑な配管になりますね」
とアッサマが言った。
「でも、理論は通ってる気がするぜ。燃焼室を分離して、熱だけを伝導させればいい」
「重量は考えてますか? 重くなって燃費が悪くなったら、本末転倒ですよ?」
「多少は重くなるが、大丈夫だ。軽量化は、コルカタでやってきた。三枚翼で揚力も確保した」
アッサマが燃料の配分を計算しながら言った。
「石油精製燃料は、最低限の量でいいでしょう。熱を発生させるためだけですからね。
メインの動力は、エリクシル燃料に頼るのがベストです」
◇
三日目の朝、エンジンが完成した。
あれから、二日間作業を続けた。アッサマが工房の工具を使いこなし、俺は機体への組み込みを行った。
試運転をする。俺がスロットルを開くと、エンジンが唸った。いつもと違う音がする。低く、力強い音だ。
石油精製燃料独特の匂いも立ち込める。
「熱の伝導、問題なさそうですね。
これなら、低温環境でも凍結しにくいはずです」
アッサマは計測器を見ながら言った。
「これなら、行ける……」
ついに、出発の準備が整った。
「ねえ、ソラヒトさん。僕も同行していいですか?
あなたとなら、必ず辿り着ける気がするんです。オデッセイ島へ」
「足、引っ張るなよ」
「ふん、こっちのセリフですよ」
アッサマの頬は緩んでいた。
◇
それから、アッサマの分のエンジン作りにも取り掛かった。
「こうなると、アッサマのシンデン改もプロペラ式にする必要があるな……」
「エリクシル燃料じゃジェット噴射はできない。仕方ないことです。
その代わり、プロペラの設計は僕に任せてくれませんか?」
「ああ、任せた。ただし、プロペラのことなら俺の方が詳しい。わからないことがあったら聞いてくれ」
「ええ、ありがとうございます」
アッサマは意外にも素直に礼を言った。
一緒に作業をする中で段々と打ち解けていった気がした。
◇
そして太陽が傾いた頃、シンデン改の後方に大きなプロペラを取り付けられていた。
「これでソラヒトさんの飛行機と同じくらいの速度まで落ちちゃいますね……。
まあ、速度を合わせてあげる手間も省けるし、これはこれでカッコいいし、いいでしょう」
「プロペラ、渋くてイカしてると思うぜ?」
その後は、飛行中のコミュニケーションを可能にする——無線機も取り付けた。
『ソラヒトさん、聞こえますか?』
搭載した無線機を試してみた。遠く離れたアッサマの声が聞こえた。
「ああ、聞こえる。こんな技術もあるんだな……」
『当然です。ドバイには、旧世界の技術がそれなりに残っていますから』
「どのくらいの距離通じるんだ?」
『大体二キロメートルまでなら大丈夫です。
本来はもっと離れた場所でも通じるんですが、隕石が落ちてから電波が通じにくくなったと、集落の老人に聞いています』
「そうか……。まあ、それくらいあれば大丈夫だろうな。
よし、これで本当に準備万端だな……」
『ええ。明日の朝、出ましょう。
ソラヒトさんの故郷も案内してくださいね』
◇
翌朝、スカイフィッシュ号とシンデン改は空へ飛んだ。
中東を出て、中央アジアを横切り、中国大陸を抜けて、福島へ帰る予定だ。
砂漠が、後ろに遠ざかっていく。
「私たち、もうすぐ帰る」
「そうだな」
「福島から、オデッセイ島へ」
「ああ。始まりの場所から、最後の場所へ……」
俺は胸のポケットに手を当てた。父さんの手紙が、そこにはある。
「帰ったら、トビオ爺に報告だな」
「驚くと思う」
ハルカが小さく笑った。
その時、無線からアッサマの声が聞こえた。
『あーあー。ソラヒトさん、聞こえますか?』
「ああ、聞こえるぞ」
『ハルカさんとイチャイチャしてたら○しますからね』
「あー、すまん。よく聞こえんかった。
ピーって雑音が入る時があるな。着陸したら整備してみっか」
砂漠の都市——ドバイが、地平線の向こうに消えていった。




