38.石油燃料と、エリクシル燃料
ハルカは聖なる岩が入っている瓶の蓋を開けた。そして、双眼鏡の凸レンズで太陽の光を一点に集めた。
「そうか、熱か……。太陽の熱で、エリクシル燃料を作るんだな」
「そう。時間はかかるかもしれないけど」
ハルカは震える手で、太陽の熱を当て続けた。
すると、アッサマが近づいてきた。
「ハ、ハルカさん……。それ、僕に手伝わせてくれませんか……?」
ハルカは俺の方を見た。
「まあ、やらせとけば?」
それだけ返した。
「うん」
アッサマはハルカから双眼鏡を返してもらい、聖なる岩に光の点を当て続けている。
すると、みるみるうちに瓶の中に液体が溜まっていった。
◇
アッサマは太陽が落ちるまでそれを続けてくれた。おかげで、十分な量のエリクシル燃料を確保できた。
「ひとまず、飛べるようになったと思うぞ。
サンキューな、アッサマ」
「僕は、ハルカさんのためにやっただけです。
お腹も減りましたし、夕飯にしましょう」
三人で、アッサマが持っていたナツメヤシのドライフルーツを齧った。
食べながら、アッサマが「三枚翼ですか」と言った。
「インドのコルカタで改造したんだ。ヒマラヤを越えるために揚力が必要だったんだよ。
アッサマの飛行機も、俺からしたら珍しいぜ?
前の翼が短くて、後ろが長い。それに、プロペラもついてない。どうやって飛んでるんだ?」
「僕のシンデン改は、日本の試作戦闘機をベースに作ったんです。
動力はプロペラじゃなくてジェット噴射に改造させてもらいましたけど」
「……ジェット噴射」
「ジェット噴射は、おそらくエリクシル燃料には真似できない技術だと思いますよ。
石油精製燃料はエリクシル燃料と違って、かなりの熱エネルギーを生み出せますから」
ナツメヤシを食べ終えたハルカが、アッサマの方を見た。
「アッサマ、今のドバイって、どんな感じなの?」
「……ド、ドバイは今、大航空時代と呼ばれていて、活気付いていますよ」
アッサマの声は、ハルカと話す時だけ微妙に変わる。キザなのは変わらないが、どこかぎこちない。
「大航空時代?」
「若い飛行機乗りが急増しているんです。ここ二、三年で、特に増えました。みんなオデッセイ島を目指しているんですよ」
「なんでそんなに?」
「理由はみんなそれぞれですが、『英雄の後を追いかけたい』ってのが一番多いですかね……。けど、僕の場合はただ退屈な日常から抜け出したいだけなんです。スリルが欲しい、ただそれだけです」
(……英雄って、なんだ?)
俺はその言葉が引っかかった。だが、特に何も聞かなかった。自分には関係ないことだと思ったからだ。
「……スリル。今なら、私も少しわかるかもしれない。
十年以上、ずっと福島の図書館で暮らしてた時は、このままずっとのんびり過ごしたいなと思ってた。
でも、初めてソラヒトに空に連れてってもらった時、怖かったけど楽しかった。
しばらくそんな日々が続いて、このままのんびり空の旅をしてたいなって思った時に、今度は津軽海峡を飛んだ。
やっぱりそれも、怖かったけど楽しかった。
この何もない“終末世界”に、スリルを求める気持ち、わかる」
俺とアッサマは黙って聞いていた。
何も言わなかったが、俺にもその気持ちは理解できた。
危険だとわかっていながらも、空に魅入られるその気持ちが。
三人は、そのままチベット高原に野宿した。
◇
翌朝。
目を覚ますと、アッサマが目の前に立っていた。
「やっと起きましたか、ソラヒトさん。
この後はどこへ行くつもりなんです?」
「まあ、とりあえず西回りで進み続けるよ。
アッサマの集落に寄り道したっていい」
「ふん、別に寄る必要はないでしょう」
ハルカも目を覚ました。寝ながら話を聞いていたみたいだ。
「……私は、いいと思う。ドバイ、見てみたい」
「そ、そうですか。じゃあ案内しましょう」
アッサマが、ほんの一瞬だけ、口元を動かした。喜んでいるのか、笑っているのか。
すぐに無表情に戻ったが、俺ははその瞬間を見逃さなかった。
(こいつ、ハルカが言ったから頷いただろ……)
「……アッサマ、私への態度が、ソラヒトと全然違う」
ハルカは小声でそう言った。
「……まあ、気のせいじゃないと思うぞ」
小声で返した。
◇
「じゃあ、そろそろ飛びましょう。遅れないでくださいよ、ソラヒトさん」
「たぶん、飛行機の性能的に、ついてけないと思うけどな……」
スカイフィッシュ号とシンデン改が、並んで滑走した。
チベットの草地を駆け抜け、機体が浮いた。
広大な高原が眼下に広がる。人の気配はない。空は高く、青く、澄んでいた。
並んで飛ぶ二機。スカイフィッシュ号の三枚翼と、シンデン改の短い主翼。
「仲間、増えたな」
コックピットで、ハルカに言った。
無意識で“仲間”という言葉が出た。
「うん。でも、アッサマ、私のこと見てる気がする。さっきから、いやらしい目で」
「……まあ、思春期ってやつだ。気にするな」
スカイフィッシュ号を西へ向かって飛ばした。シンデン改のジェット噴射の音を、追いかけるように。




