37.チベットに現れた飛行機乗り
「これって、飛行機か……?」
「わからない。けど、プロペラの音が聞こえないから、違うと思う」
「どこから来てる?」
「西から」
西の空を見ると、小さな点が光った。点は近づくにつれて、形になった。
飛行機だ。しかし、どこか違和感を感じた。
「なんだよあの飛行機……、後ろ向きに飛行してるぞ!?」
明らかに翼の配置が逆だ。大きい翼を後方に、小さい翼を前方につけて飛行している。
「変な形……。それに……プロペラがない」
「なんだよ、あれ。どうやって飛んでるんだ……?
いや待て、考えるのは後だ」
俺は無理矢理、体を起こした。
この“終末世界”で、初めて見る俺たち以外の飛行機が、このタイミングで……。
こんなチャンス、もう二度とないはずだ。
「ソラヒト……?」
「ハルカもなにか、太陽の光を反射できるものを探すんだ……!
あの飛行機を逃したら、俺たち……」
俺は必死にスカイフィッシュ号の中にある物を探しまくった。ハルカも一緒に探してくれている。
そして、見つけたのは——瓶。聖なる岩の欠片が入っている瓶だった。
俺は瓶を天に掲げた。
どの角度にすれば反射するのか、わからない。
「頼む、気づいてくれ……っ!」
逆さにしたり、横向きにしたり、あらゆる角度を試した。さっきまであんなにうざったかった夏の太陽が、今は俺に味方してくれている。そう信じた。
——すると、飛行機が旋回を始めた。
「俺たちに、気づいたのか……?」
飛行機は高度を下げて、近づいてくる。
そして、スカイフィッシュ号から十メートルほど離れた草地に、滑らかに降りた。着陸が上手かった。
エンジンが止まり、コックピットから少年が降りてきた。
黒い短髪で、堀りの深い顔立ち。大きな瞳、濃く長いまつげ。体は、ゆったりとした白い布で覆っていた。
歳は俺たちよりも少し下くらいだ。クールな表情で、周囲を見渡してから、スカイフィッシュ号の方へ歩いてきた。
「プロペラ機なんて、珍しいですね。故障かい?」
「燃料切れです。ヒマラヤを越えてきて、使い果たしました」
少年の目が、わずかに動いた。なんというか、俺を怪しんでいるような目になった。
「こ、こんなプロペラ付きの機体でヒマラヤを越えたんですか? 嘘くさいですね……。
……てか、ヒマラヤならこの先のはずですよ?」
「インドの側から越えてきたんです」
「向こうから来たんですか……、一体何のために?」
「オデッセイ島へ向かうために」
俺は少年の目を見つめた。
「あなた、ますます訳がわからないですね。オデッセイ島は北太平洋ですよ?
なんか、ますます怪しいですね……」
「実はいろいろと障壁があって、東回りでオデッセイ島に近づくのは困難なんです」
「なんと……、西回りが正解だったとは……。
この僕が間違えたというのか……」
少年は独り言のようにそう呟いた。
「失礼。名乗るのが先でしたね。僕はアッサマ。ドバイから来た十五歳の天才飛行機乗りさ。
この機体は相棒のシンデン改です。
あなたの名前は?」
「俺はソラヒト。日本から来ました。歳は十八です」
「なんと……、歳上でしたか。ならば遠慮することない。気持ちを楽に話してくれたまえっ!」
いけ好かない野郎だと思ったが、今はそんなのどうでもよかった。とにかく飯だ。食べ物さえあれば、何でもよかった。
「アッサマ。何か食べる物をくれないか?
昨日から何も食べてないんだ……」
「一日くらいで情けない人ですね。ほらっ」
アッサマはそう言って、パンを投げ渡した。
「恩に着る……。
ハルカ、食べ物を分けてもらったぞ……!」
ギリギリ声が聞こえたのか、しばらくしてハルカが出てきた。
「ごめん、飛行機の中で桃の顆粒落としちゃって、それ探してた」
ハルカがこちらに向かって歩いてきた。
すると、アッサマは「……あ、あ」と情けない声を出して固まった。
それまでの落ち着いた動きが、完全に失われた。頬が少し赤くなった。
「ん? どした?」
「……な、なんでもないです」
アッサマは咳払いをした。
「この子はハルカ。俺の相棒で、大気を読める」
「そ、そうか。ハルカさん、ですか。……いい名前ですね」
俺はアッサマを見た。耳まで完全に真っ赤になっていた。
「そうだ、ソラヒトさん。燃料が切れているなら、少し分けてやりしょうか?」
とアッサマは何かを誤魔化すように言った。
元の声に戻っていた。いや、無理やり戻したようなぎこちなさがあった。
「それは助かるよ」
「ふん、あなたたち二人きりでチベットに取り残されているよりはマシです。それに、情報を持っている人間と一緒に飛んだ方が効率的ですし」
アッサマがシンデン改から予備の燃料缶を取り出した。
しかし、蓋を開けるとあたりに異様な匂いが広がった。
「くっさ! なんだよアッサマ、その燃料は」
「うるさいな。なんだよってなんですか。
普通の石油精製燃料ですよ」
「……せ、石油!? エリクシル燃料じゃなくて?」
アッサマは首を振った。
「……中東では、エリクシル燃料を使う者はほとんどいませんよ。
みんな、自国の資源を活用しようって風潮なんです」
「そうなのか……。でも、俺たちの飛行機は、エリクシル燃料でしか動かないんだ。くそっ、どうすれば……」
その時、ハルカが指を差した。指の先にあるのは、アッサマが首にかけていた双眼鏡だった。
「それ、貸して」
「ハルカ、そんなの借りて何をする気なんだ?」
「いいから、見てて」




