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終末 のんびり飛行紀 〜荒廃した地球で、スロー“フライ”!?〜  作者: 真星 紗夜(毎日投稿)


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36/49

36.世界の端、ヒマラヤ山脈


 ——すると、プロペラが回り始めた。

 エンジンの音はない。別の何かが、プロペラを回している。俺の意思が、直接スカイフィッシュ号に伝わっていた。


「ソラヒト……」


 と言ったハルカの声は震えていた。


「心配するな。大丈夫だ……!」


 とは言ったものの、大丈夫ではなかった。

 頭が割れるように痛かった。額に汗が滲む。視界の端が暗くなる。それでも、操縦桿を握り続けた。


「私も、遠くの風を正確に感じる。

 四時の方向、三十秒後に強い上昇気流が来る」


「任せろ! その気流で、一気に越える……、越えてやる……っ!」


 スカイフィッシュ号が、ゆっくりと旋回を始めた。

 翼一つ動かすのさえ、かなりの体力を使う。

 

 ハルカはカウントダウンをしてくれた。


「五、四、三、二、一」


「今だ……っ! 風に乗れ、スカイフィッシュ号!!」


 ——すると、機体はまるで、質量を持っていないかのように浮かび上がった。

 機首は(ゆう)にエベレストの稜線の高さを越えている。


「このまま越えるぞ! ハルカ、しっかり掴まってろよ!」


「越えて、ソラヒト……っ!」


「行け……っ! 越えてくれぇぇっ!!」


「……」

 


 ——空が、広がった。

 視界を遮っていた白い壁が取り払われたように、前方に青い青い空が現れた。


「こ、越えた……ぞ……」


「うん。……越えた」

 

 スカイフィッシュ号は、チベット高原に向かって滑空を始めた。高度が落ちていく。地面が近づいてくる。


 八百メートル。


 五百メートル。


 三百メートル。


 百メートル。


 そして、チベット高原の芝生に着陸した。していた。正直、どうやって着陸させたのか、覚えていなかった。


 頭の中で、何かがぶつりと音を立てた。視界が白くなる。


「……ラヒト!」


 ハルカの声が遠くへ消えていき、そのまま意識を失った。


 ◇


 気がついたら、星が見えた。

 いつの間にか夜になっていたようだった。


「……ヒト! ソラヒトっ!」


 ハルカが俺の顔を覗き込んでいた。目が赤い。泣いていたのかもしれない。


「……ごめん。無理しちまったな。怖い思いさせた……」


「……謝らなくて、いい」


 体を起こそうとしたが、腕に力が入らない。頭が重い。


「……俺、どのくらい気ぃ失ってたんだ……?」


「五時間くらい」


「……そうか」


 二人でしばらく、チベットの宇宙(そら)を見ていた。


 夜なのに、星が輝いて明るいとさえ感じた。

 後ろには、ヒマラヤの峰が黒い壁となって見えた。

 あの壁を越えてきた——二人はその事実を噛み締めていた。


 ◇


  夜明けのチベット高原は、静かだった。

 どこまでも続く、茶色と緑色の地面。草はわずかに生えているが、木は一本もない。ヒマラヤ以外の山はない。

 ただただ広く、地平線まで何もない。


 俺は背中を地面につけたまま、空を見ていた。


 青かった。これまで見てきた空の中で、一番濃い青だ。

 標高が高いせいで、大気の層が薄いからだろう。太陽を近くに感じる。

 

 本来それは、気持ちのいい天気のはずなのだが、今の俺にとっては好ましくない状況だった。

 ——暑い。暑さでどんどん体力を持っていかれる。


「あちーし、腹も減ったな」


「減りすぎて、もうわかんない」


「ああ、そういや俺もそうだった……」


 頭が回っていない。体を起こそうとしても、腕が重い。頭の奥に、鈍い痛みが残っている。昨日の能力発動の反動だ。

 そりゃそうだ。ロボットアームを動かしただけでしばらく寝込んだのに、あんなデカい飛行機を動かしたんだ。


「無理しないで」


 とハルカが言った。


「つってもよ、俺ら詰んでないか?

 せっかくあのヒマラヤを越えたってのに……」


「荷物なら、積んでない」


「あー、その“ツむ”じゃなくてな……」


 ハルカも完全に頭が回っていない。

 頭が回っていないことは頭で理解できるのだが、そこで思考が止まる。


「ソラヒト、ちょっと待ってて」


 ハルカは荷物を漁り始めた。食料でも探しているのだろうか。しかし荷物などあるはずがない。昨日、機体を軽くするために全部捨てたのだから。


「何も残ってないだろ?」


「桃の顆粒、一粒だけ落ちてた」


 ハルカは、それをつまんで俺の元へ歩いてくる。いつも以上に、よたよたと。

 そして、何も言わずに俺の口の中に入れようとした。


「いや、それはハルカが食べてくれ。

 そんな一粒ぽっち譲ったところで、何もカッコつかねぇのはわかってるけどな」


「私はいい。 早く食べて」


「食べない」


「食べて」


「……」


「ソラヒトが食べないなら、私も食べない」


「どっちかは食べないと、もったいないだろ」


 そんな生産性のないやり取りが続いた。

 チベットの空の下で、二人きり。スカイフィッシュ号の三枚の翼が、風でかすかに揺れた。


「LABIの倉庫で直してよかった。この翼がなかったら、ヒマラヤは越えられなかった」


「ダーラムさんのおかげ」


「そうだな。……帰りに、ちゃんと寄ろう。越えたって報告しに」


 ——その時、ハルカが目を見開き、空を見上げた。


「……聞こえる」


「何がだ?」


「何かはわからない。でも、近づいてくる」


「ん〜?」


 俺は耳を澄ました。耳を澄ますのさえ(はばか)られるくらい体力は消耗しきっていたが、それ以外にできることはなかった。

 

 最初は何も聞こえなかった。しかし、しばらくすると——確かに空から聞こえた。ゴォォ、という低い唸りが。

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