34.大改造、スカイフィッシュ号
それから、二人は黙々と作業を続けた。
外は火山灰のせいでずっと暗く、ここには時計もない。どれくらい経ったか、もうわからなくなっていた。
「できた……、完成だ……」
スカイフィッシュ号のトレードマークだった二枚の主翼は、三枚に増設されていた。
一見、重たそうにも見えるが、耐久性を損なわない限界まで薄く削っていた。
エンジンに関しては素材自体を変更し、可能な限り軽量化させている。吸気系も効率化させた。
「ソラヒトくん、これなら行けるぞ。
もちろん、君の操縦技術に懸かってはいるがな」
「ありがとうございます。操縦なら、自信ありますから」
その時、二人のお腹がぐぅ〜、と鳴った。
「お腹、空きましたね……あっ!!」
「そうだな、ソラヒトく……あっ!!」
大きく目を見開いて、ダーラムさんと顔を見合わせた。
「「ハルカの……昼飯……っ!!」」
LABIのエントランスに駆けた。
◇
到着すると、ハルカは既に眠っていた。
そして、昼飯と思しきパンと、夕飯と思しきシチューが置いてあった。
時計を見ると、二時を指していた。
昼の二時であることを願ったが、どう考えても夜中の二時だった……。
「ダーラムさん、俺たち、十二時間以上やってたんですか……?」
「いや、体感は三十分くらいだと思ったが……」
「いや、それは嘘でしょ……」
「まあ、無事に完成したのだから、いいだろう。
それと、ソラヒトくん。君は“つけパン”“ひたパン”という言葉を知っているかな?」
「なんです? 唐突に」
「知らないのか、確か日本が発祥の言葉だと思ったが……、まあいい。
“つけパン”というのは、パンをシチューに付けて食べることで、“ひたパン”というのは、浸して食べることらしい」
「そういうことでしたか。俺はいつも浸して食べてますよ」
「なるほど、“ひたパン派”か。
ならば俺は、今宵は“つけパン派”となろう」
「……は、はぁ……。
好きに食べたらいいと思いますけど……」
冷えたシチューも、美味しかった。
◇
翌朝、目を覚ますと、既にハルカの姿はなかった。
「しまっ……!」
俺はハルカより先に起きて謝ろうと思っていたのだが、ついつい寝てしまっていた。
飛び起きると、ゆっくりと外からハルカが歩いてきた。
「ハルカ、昨日はごめ——」
「スカイフィッシュ号、カッコいい」
ハルカはそれだけ言って、あとは何も言わなかった。
何も言わずに、朝食の用意を始めた。
「ハルカ……」
◇
そして、出発の時。
ダーラムさんが見送りに来た。
「気をつけて行け。くれぐれも、無理はするなよ」
「わかってます」
「でも、ソラヒトくんと、ハルカちゃんなら、必ず越えられる」
「ありがとうございます」
スカイフィッシュ号のエンジンが唸りを上げた。
新しいエンジンの音は、いつもより音が軽快に聞こえた。
「ダーラムさん、帰りにまた寄ります」
「ああ、待ってる」
機体が浮いた。
コルカタの廃都市が後ろに流れていく。
ガンジス川の支流が、朝日を受けて銀色に光っていた。
「ハルカ、“天井”は?」
「ここは九百メートル。ヒマラヤに近づくほど、高くなっていく」
「了解。どんどん北へ飛ぼう」
遠くに、ヒマラヤの白い峰が見えた。
次はあれを超えるんだ——俺は覚悟を決めた。
◇
コルカタを出て、ヒマラヤの麓で一晩野宿した。
改造したスカイフィッシュ号は、明らかに別の機体になっていた。
主翼が二枚から三枚になり、揚力が増した。エンジンは、以前のものより力強く回る。
「なんか、操縦感が全然違うな。
前より、空気を掴んでる感じがする。機体が俺の身体の一部みたいだ」
眼下には、ガンジス川の支流がいくつも横切っている。水田の跡が広がっており、かつてこの地域がどれだけ豊かだったかが想像できた。
「インドって、広いんだな……」
「うん。地図帳で見るのと、全然違う」
北に行くにつれて、地形が変わってきた。
平野が終わり、丘が増えてくる。丘がやがて山になる。そして、前方に白い壁が現れた。
「見えたな、ヒマラヤ山脈」
手が震えた。
「ソラヒト、大丈夫?」
ハルカはいつものように背中に手を当ててくれた。
「ああ……、別にビビってるわけじゃないんだぜ?
ワクワクしてるんだ、俺たちと新しいスカイフィッシュ号で、この壁に挑めることにな」
とはいえ、“壁”というより、“世界の端”のように感じた。
空と地面の境界を塗りつぶすように、白い峰が連なっている。雪をかぶった山頂が、どこまでも続いている。
「私たち、ここを越えられたら、この先どこへでも行ける気がする」
「確かに、ここが地球で一番高い山脈なんだもんな。
……ハルカ、絶対に越えようぜ」
山脈に近づくにつれ、気流が変わった。
平野では穏やかだった空気が、山の手前から乱れ始めた。基本的には上昇気流だが、たまに来る下降気流が厄介だった。その度に機体が揺れる。
「ハルカ、“天井”までどのくらいだ?」
「あと四百メートル。
私たちが山に沿って高度を上げているから、相対的に“天井”が下がってきてる」
「了解。どこから侵入する?」
「周辺の谷や峠をうまく使って、少しずつ高度を上げて」
「わかった。じゃあ、あそこに見える谷に突っ込むぞ……!」
俺はスロットルを全開にした。
新しいエンジンが唸りを上げ、ヒマラヤ山脈に向かって突き進んでいく。




