31.インドの宇宙開発会社
香港を出てから、東南アジアの沿岸沿いをひたすらに飛んだ。
メコン川、チャオプラヤ川、エーヤワディー川——次々と大河が現れた。
上空から見るそれらは、まるで地球の血管のように見えた。……地球が生きてる感じがした。
日が暮れたら着陸して野宿、夜が明けたら離陸してどんどん進む。こうして、丸三日は飛んでいる。
今日も日が傾き始め、そろそろどこかに着陸しようかと相談すると、ようやく集落が見えてきた。
「ソラヒト、見て。あそこに人がいる」
「おっ、マジじゃんか! ひっさびさに人を見た気がするな〜。
ここって、どの辺りなんだ?」
「ここは……、インドのコルカタ」
「インドか、俺たちインドまで来ちまったのか……」
上空から見ると、川が街の中を縫うように流れていた。
かつての建物が川沿いに並んでいるが、隕石の影響で朽ちている。
「とりあえず、降りてみっか。燃料も少なくなってきたしな」
降りられそうな場所を探しながら低空で旋回を始めた。
すると、かつての大通りだろうか、まるでそこに着陸してくれと言わんばかりの開けた土地が見えてきた。
「よっしゃ、行くぞ」
「大気は安定してる、問題ないと思う」
◇
ハルカの言う通り、着陸は穏やかだった。
川の流れる音がする。空気が湿っていて、温かい。
近くには、石造りの重厚な建物があった。柱が高く、アーチ型の窓が並んでいる。
壁にはヒビが入っているが、建物そのものはしっかりしているようだった。
入口には、文字が彫ってある金属のプレートがあった。
「なになに、『LABI・ SPACE ・|CORPORATION』……?
なんかの会社ってことだよな?」
俺は首を傾げハルカを見たが、ハルカは首を振った。
すると、建物の中から人が出てきた。
六十代くらいの初老の男性。穏やかな顔立ちで、眼鏡をかけている。
手には、分厚い本を持っていた。
「旅人か? 見ない顔だな」
「こんにちは。俺たち、日本から来ました」
「日本——遠いところから来たな。俺はダーラムと言う」
「俺はソラヒト。こっちはハルカです。
ダーラムさんは、この建物に住んでるんですか?」
「いや、ここに住んどるわけではない。暇な時に来て、手入れをしてるんだ」
「そうなんですね。ここって、何かの会社だったんですか?」
「そうだ。ここはLABIという民間の宇宙開発会社の本社だ」
「宇宙開発の会社……。NEXUSと同じって事ですか?」
「ああ、NEXUSとはライバル関係にあったらしい」
俺はハルカと顔を見合わせて、頷いた。
「ダーラムさん、ここに何かの記録が残ってたりしませんか?
例えば、小惑星・オデッセイのこととか……!」
ダーラムさんは少し間を置いた。
「……少しだけならあるが、実はほとんど失われとる。
それに、不可解な痕跡も……」
ダーラムさんはそれだけ言うと、手招きして案内してくれた。
建物の中に入ると、一面に棚が並んでいるのが見えた。
しかし、棚の大部分は空だった。焦げた跡が残っている棚もある。
「これって、火事ですか?」
「ああ、見ての通りだ。隕石が落ちて数日後、LABIが火事になった。
この建物は石造りだから建物自体は残ったが、……中のものはほとんどが燃えた」
「そんな……」
「でもな、その火事の火元も、鎮火後の様子も——不可解なんだ」
「不可解って……?」
「まず、火元はLABIの地下にある社長室。それも、なぜか大量のエリクシル燃料が一気に燃焼した痕跡があった。
それに、社内で機密情報を保存しているハードディスクが、丁寧に一つ一つ壊されていたんだ」
「それって……、かなり怪しいですね。
でも、ダーラムさんは、なぜそれを知っているんですか?」
「俺の母ちゃんは、LABIで社長秘書をやっていたんだ。
火事のあった日に、ある資料を握って家に帰ってきた。そして翌日、母ちゃんは行方不明になった……。
だから俺は、母ちゃんの無念を晴らすために、ひとりで燃え跡を調べ続けてたんだ」
俺は、何も言えなかった。
気づけばハルカも強く拳を握っていた。
「俺さっき、ここへは『暇な時に来て、手入れをしてる』って言っただろ?
正直なところな、母ちゃんの生きた証がまだ残ってるんじゃないかと思って、一生ここに取り憑かれてるだけなんだよ」
ダーラムさんは、端が焦げている三枚の資料を持ってきた。
「それって……なんです?」
「火事の後、母ちゃんが持ってきた資料だ。
まずはこれを見てくれ。LABIの社内計画書だ」
ダーラムさんが資料を広げて見せた。
『我々LABIは、小惑星・オデッセイにエリクシル触媒と同じ成分が含まれていることを突き止めた。
オデッセイが地球に接近する機会を利用して鉱石を採取すれば、NEXUSのエリクシル燃料の独占を崩せる』
「これって……! LABIは、オデッセイから鉱石を採取しようとしてたのかよ……!」
「ああ。それと、NEXUSはもともと、エリクシル燃料の権利を独占していた。
小惑星・エリクシルを早々に確保して、エリクシル燃料で莫大な利益を上げていた。
LABIはずっと後手に回ってきた。小惑星・オデッセイは、その状況を変える唯一のチャンスだった」
「それで、NEXUSはどう動いたんですか?」
ダーラムさんは別の資料を見せた。
その内容に、俺はNEXUSの闇の部分を感じざるを得なかった。




