30.香港と宇宙開発
翌朝。ハルカは集落の台所に残り、朝食の準備を手伝っていた。
俺はシャオリンさんと二人で、聖なる岩のクレーターへ向かった。
「岩の欠片を採るアルか。どのくらい取るネ?」
「手のひらに収まるくらいで大丈夫です。それと——NEXUSの痕跡が残ってないかも、探したいです」
「うーん。あのクレーターの中心部は、植物だらけで、痕跡を探すのは困難だと思うアル」
「まあ、ダメ元なので」
クレーターに着くと、二人は中心部に向けて歩き始めた。そして、聖なる岩を過ぎ、さらに奥へ。
植物が生い茂っているが、かき分けながら進む。
すると、草の地面に金属の破片が散らばっているのが見えた。
「何だ……これ?」
俺は拾い上げて確認する。
錆びて原形をとどめていないが、ただの構造物の残骸だった。
それ以外に、何も手掛かりになるようなものは見つからなかった。
「……やっぱり、残ってないな」
と呟いた。
「隕石が直撃したアルから。仕方ないネ」
「そうですね」
俺はしばらく辺りを見回した。
NEXUS——軌変隊を送り出した会社——その本社がここにあった。
——しかし今は、草と木と岩しかない。
「くそっ、せっかく大きなヒントが得られそうな場所に来たのに……」
俺は諦めて、聖なる岩に戻った。
昨日ハルカが苔を削ったはずの部分が、また苔に覆われていた。
俺は道具で表面を少し削り、小さな欠片を採った。手のひらに収まる大きさだ。
集落で貰ってきた小さな瓶に入れて、蓋をした。
「これでいいアルか?」
「十分です。ありがとうございます」
◇
集落に戻ると、朝食の匂いがした。
ハルカが子どもたちと一緒に、芋と野菜の炒め物を作っていた。
福島の桃の香りが漂っている。持ってきた桃の顆粒を料理に使ったみたいだ。
「採れた?」とハルカに聞かれた。
「ああ、聖なる岩は採れた。このサイズじゃ聖なる“石”かもしれないけど」
「NEXUSの痕跡は?」
「……残念だけど、そっちは何も残ってなかった」
「そっか」
俺は瓶を取り出した。
「朝食を食べたら、少し試してみたい。これに触れて、機械の遠隔操作ができるか確かめる」
「無理、しないで」
「ああ」
俺は瓶を握りしめた。
◇
朝食を終え、集落の広場に出た。近くには、小型の発電機があった。
俺は瓶の蓋を開け、石に触れた。目を閉じ、発電機を動かそうと念じる。
(動け……、動け……!)
しかし、何も起きなかった。
「……ダメか」
落胆していると、ハルカが近くに来て、俺の肩をポンと叩いた。
「そう簡単にはいかないのかも。
昨日は、私が危なかった。あの瞬間、どうしても守らなきゃいけないって思ったんでしょ?」
「そうかもな。あの時は、危機感があった——今みたいに、ただ試そうとしてもダメなのか」
「強い意志が必要なのかもしれない。
きっと、感情と繋がってる」
「ハルカの能力も、そういう感じか?」
「私は意識しなくても常に感じてるけど、思い返せば、危険な時は普段よりも感覚が鋭くなっていたかもしれない。
津軽海峡の横風、鳴門海峡の渦潮、阿蘇山の不規則な気流……」
「なるほどな。じゃあ、オーストラリアへの旅路も、少しキツくなるかもな。
耐えられなかったら言ってくれ、すぐに折り返す」
無理そうだったら折り返す——それがトビオ爺との約束だった。
「ソラヒト、その瓶、貸して。
フィリピンの火山、まだ不安」
「無理すんなよ」
俺は瓶をハルカに渡した。
ハルカは瓶を開け、指で石に触れた。
そして、目を閉じた。
「南の方、オーストラリアへの空路——完全に通れなくなってる」
「え? 通れない?」
「昨日の噴火の影響が、予想より広がってる。
火山灰が空路を塞いで、強い上昇気流が吹き上げている。あの方向には当分飛べない」
「じゃあ、オーストラリアには行けないのかよ?」
「しばらくは、難しい。
でも、今日はインド方面に行ってみない?
トビオ爺ものんびりやれって言ってたし、寄り道も楽しい」
その時、俺はふと思いついた。「ねえ、チェン先生」と呼ぶと、チェン先生が近づいてきた。
「集落のエリクシル触媒、ハルカに触れさせてみてもいいですか?
確かめたいことがあるんです」
「構わんが、何を試す?」
「エリクシル触媒は小惑星・エリクシルで取れた鉱石ですよね?
そして、聖なる岩は小惑星・オデッセイの破片です」
「ああ」
「その二つの鉱石は、似た成分を持ってる。
だから、同じ効果が出るかどうか、確かめてみようと思ったんです」
「ふむ、なるほどな」
チェン先生は頷いた。
触媒装置のそばにハルカを連れていく。
ハルカは手で表面の苔を剥がし、触媒の板に触れた。
「どうだ?」
「……少し、鮮明になるかも。でも、聖なる岩に触れた時とは全然違う。フィリピンの火山までは、読めない」
「やっぱり違うんだな」
「同じ成分を含んどるのは間違いないが、純度が違うのかもしれないの。
エリクシル触媒は精製された工業品で、聖なる岩はオデッセイの破片そのままじゃ。
だから後者の方が、ずっと効果が高いのかもしれん」
「つまり——オデッセイ島に近づくほど、この効果が強まるってことか」
ハルカは拳を握っている。その手は小刻みに震えていた。
「……そうなると思う。
オデッセイ島に着いた時、私の感覚がどうなるのか、少し怖い」
瓶を見ると、苔むした小さな石が、朝日を受けて静かに光っている。
「キツかったら遠慮なく言ってくれ、まあ、だいぶ先の話だろうけどな」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、そろそろ行くか!」
シャオリンさんが「絶対また来るアルヨ!」と叫んだ。
チェン先生が静かに手を上げた。
スカイフィッシュ号のエンジンが唸りを上げた。
機体が浮いた。クレーターが見えた。聖なる岩の周りだけ、植物が密生している。
朝日を受けて、緑が輝いていた。
スカイフィッシュ号は、西へ向かって飛行を開始した。




