29.ソラヒトの覚醒
俺たちは、集落へ戻りながら話している。
「てかさ、ハルカが倒れた時、マジで焦ったぜ」
「ごめん。岩に触れたら急に情報量が増えて、頭で処理できなくなった」
「どんな感覚だったんだ?」
「日本全体の天気が、一度にわかった。福島は今、雨。北海道は雪。沖縄は晴れ。全部、同時に」
「かなり広いな……。
それって、いつもの何倍くらいなんだ?」
「いつもは、半径百キロくらいが限界。
それが、一瞬で日本全体になった。いや、それだけじゃない。行ったこともないインドの方まで、感じた。
頭の中に、情報がなだれ込んでくる感じだった」
「そりゃ、キツいな。
確か、ミオやダイチくんもそういう日があるって言ってたよな」
「うん。でも聖なる岩が、感覚を増幅させてたのだとしたら、オデッセイの破片にはもっと何か特別な性質がある。
ミドリさんが言ってた、植物の成長促進だけじゃなくて」
「今思えば、さっき岩の周りの植物が急に動いたのも、苔を削ったせいで岩の力が戻ったからか」
「そう思う。ずっと苔に覆われてたから、効果が遮断されてた。
私が削ったことで、植物が急に育ち始めて——枝に絡め取られていた石板のバランスが崩れた」
話していると、森を抜けた。
廃ビルの前には、チェン先生が立っていた。
「チェン先生、大変アル〜!」
シャオリンさんはそう言って、チェン先生にさっき起きた事を話した。自分の腕でロボットアームの動きを再現している姿が、なんか可愛らしかった。
「……なるほどな。
そのロボットアームはきっと、宇宙ステーションの船外作業用のものじゃな。NEXUSが開発していたものじゃろう」
「宇宙用のアームが、なんで地面に埋まってるアルか?」
「本社の開発施設ごと、クレーターに埋まったのだからな。
五十年間、ずっとそこにあったんじゃろう」
「それが、勝手に動いたアルか……」
「勝手に、というのは無理があるんじゃないか?
あまりにもタイミングが良すぎるし、何より動力がないじゃろう。
ソラヒトくんが、何かをしたのではないか?」
チェン先生の鋭い目で見られた。
「……わかりません。俺は何も意識はしていません」
とにかく素直に答えた。
「聖なる岩に含まれる成分が、ソラヒトくんの中の第六感を目覚めさせた可能性があるな」
「第六感……?
たしか、東京で会ったテツジさんという方も、同じ言葉を言っていました。
俺の感覚が、機械と繋がったってことですか?」
「仮説に過ぎない。でも、ソラヒトくんは今までも巧みに機械を操ってきた人間じゃろう」
俺は自分の手を見た。油の染みが残った、機械いじりの手だ。
「飛行機を操縦し続けてきたから、機械と繋がれた……?」
「そう考えると、筋が通る。
ハルカちゃんが大気を読める感覚や、わしらの集落の子供たちの感覚と、同じ仕組みなんじゃろうな」
「俺に……そんな力が……」
俺は頭の中を整理するのでいっぱいいっぱいだった。
◇
夕方、ハルカは子どもたちと一緒に料理を作り始めた。
俺は「無理するなよ」と声をかけたが、「無理してない」と言って聞かなかった。
かくいう俺は、脳に鈍い痛みを覚えていた。
無意識とはいえ、尋常ではない能力を発動していたのだから、無理もなかった。
「すまんが、ちょっと横になって見てるぞ」
「うん。休んでて」
ハルカはテキパキと準備を進めている。
味覚の鋭い子が「もう少し火を通した方がいい、苦みが残ってる」と言い、色覚の鋭い子が「この葉っぱを入れると色味が鮮やかになると思う」と提案している。
「すごい、何でもわかるんだ」
とハルカが言った。
「何でもは、わからないよ。
僕は大気は読めないし、色もわからない」
と味覚の子が言った。
「アタチらはね、みんなで協力して暮らしてるの。
みんな違って、みんな凄いんだから!」
と色覚の子が言った。
◇
その夜、集落のみんなと食卓を囲んだ。
みんな食べながら喋り、笑い、時々喧嘩して、また笑った。
俺は食べている最中、NEXUSのことが気になっていた。
「ねえ、チェン先生。NEXUSって、どんな会社だったんですか?
軌変隊が所属してたってのはわかってるんですけど」
チェン先生は首を振った。
「わしにもわからん。民間の宇宙会社ではあるが、詳しいことは記録が残っておらん。
それに、当時から謎の多い会社ではあったからの」
「そうでしたか……。
でも、あのクレーターに行けば、何か残ってるかもしれないですよね?」
「五十年間、誰も近づかなかった場所じゃ。
何があるかは行ってみないとわからんが、さっきみたいに、また瓦礫が降ってくるかもしれん」
「……チェン先生。もしよければ、聖なる岩の欠片を、少し分けてもらえませんか?
旅に持って行きたいんです。
きっと、いつか大事な時に役に立つ気がします……!」
チェン先生は集落のみんなの方を順番に見た。
集落のみんなは、頷いている。
「集落の宝じゃが——旅の役に立つなら、構わん。
ただ、無闇に岩を傷つけすぎないようにな」
「……ありがとうございます。
明日の朝、採りに行かせてください」
「ああ、シャオリンに案内させる」
「了解したネ!」
シャオリンさんは、早速準備に取り掛かってくれた。
俺は改めて、人の温かさを感じていた。




