28.聖なる岩
翌朝、シャオリンさんに案内されて聖なる岩の場所へと向かった。
足場が悪いため、俺はハルカを背負って歩いた。
しばらく歩くと、地形が変わった。
緩やかな凹地が広がっている。草や木に覆われているが、地面が周囲より低くなっているのがわかる。
「にしても、植物が本当に逞しく育ってますよね……」
俺はこのジャングルのようなクレーターの内部に、圧倒されていた。
「落ちてきたばかりの頃は、重い瓦礫も飲み込みながら成長してたアルヨ。
けど、ここ十年くらいの成長速度は遅くなってるネ」
「このクレーター、どのくらいの大きさなんですか?」
「直径三百メートルくらいアル。きれいな円形ネ」
クレーターの中心まで歩くと、人の背丈ほどの大きさの岩が現れた。
表面は分厚い苔で覆われており、その岩の周りだけ植物が異常に密生していた。
「ハルカ、どうだ?」
「近くで見たい。降ろして」
「はいよ」
ハルカは自分の足で立つと、岩に近づいて目を細めた。
そして、手で厚い苔を削り、岩に直接指で触れた。
「……感じる。遠くの大気を、感じる。
沖縄と熊本は、すごく暑い。奈良と東京と福島は、雨。北海道は、雪。
フィリピンは——」
そこまで言って、ハルカは倒れた。
「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!!」
俺は駆け寄って、倒れるハルカを抱えた。
ギリギリ、頭は地面に打たずに済んだ。
「ハルカ、何が起きたんだ……?」
ハルカの体は震えていた。痙攣とまではいかないが、かなりダメージを受けているように感じられた。
「いつも感じてる大気より、情報が多い感じ。すごく、騒がしい。
——きっと、この岩に触れると、感覚が研ぎ澄まされる……」
「聖なる岩の力ってことか……」
「たぶん」
俺も確かめずにはいられなかった。とはいえ、俺にはハルカのような優れた感覚はないのだが。
「俺も触っていいですか? シャオリンさん」
「もちろん、いいアルヨ」
俺はハルカを大木の根元に座らせてから、聖なる岩に指で触れた。
「……なんか、変わった質感の岩だな。地球の岩じゃない感じがする。
——ってだけで、何も変わらないんだが……。
なんか俺にも、こう、特殊能力とかさ——」
その時、ハルカの真上の木の葉っぱが、ガサガサっと音を立てた。
そして——ハルカ目掛けて大きな石板が落ちてきた。
「ハルカッ! 危ないっっ!!」
俺はハルカに向かって飛び込むが、それより先に石板が迫っていた。
時間がゆっくりと流れる。
(ごめん、ハルカ。俺、お前のこと、守れな——)
そう思った時、地面からロボットアームが飛び出した。
(——な、なんだ!?)
そして、そのロボットアームは、落ちてくる石板を叩き、粉砕した。
「……っ!?」
粉砕した時の破片の一つが、俺の頭にぶつかった。額から血が垂れてくるのがわかった。
「……な、何が起きたアルか……?」
だが俺は、自分の怪我なんかよりも、まずはハルカの安全が第一だった。
「ハルカ! 無事か!」
「私は、大丈夫」
当然、ハルカも何が起こったのか理解できていなかった。
ハルカがもたれかかっている巨木は、ズズズ……と唸りを上げていた。
「あれ? この石板、何か文字が書いてあるぞ……」
俺は散らばった破片の一部に、何かが書いてあることに気がついた。
「……NEX……US? NEXUSって、軌変隊の会社の名前じゃ……?」
「うん。東京のテツジさんのノートに書いてあった」
ハルカも覚えていたようだった。
「……あ、父ちゃんが言ってたの思い出したアル。
ちょうどこの辺りには、民間の宇宙会社があったって」
「なるほどな。軌変隊の会社はここにあったのか……」
粉砕された石板の破片が、草の上に散らばっている。
額から、血が一筋垂れた。
「ソラヒト、頭から血が出てる」
「あ、そうか、砕けた石板が当たったんだった」
「見せて」
ハルカは立ち上がろうとしたが、その足がふらついた。
俺は駆け寄って支えた。
「無理するな。さっき倒れたばっかだろ」
「大丈夫。それより、傷を見せて」
屈むと、ハルカの手が額に触れた。
血は出ているが、傷は深くはないようだった。
「大丈夫そう」
「ありがとうな。ハルカの方は?」
「私も大丈夫。ただ——何が起きたのか、わからなかった」
ハルカは、地面に散らばる石板の破片を見た。
その横に、金属製のアームが草の中から突き出している。関節が三つある、長い機械のアームだ。
「俺にも、さっぱりだ。石板が落ちてきた瞬間、気づいたらあのアームが動いて、ハルカを助けてくれた」
「シャオリンさん、あのアーム、知ってる?」
とハルカが聞いた。
シャオリンさんは、アームを覗き込んだ。
「見たことないアル。こんな機械、集落にないネ」
「NEXUSの跡地だからな。
宇宙会社の本社に、宇宙用の機械が埋まってたとしても、おかしくない。
それが勝手に反応して、ハルカを守ったんだ」
俺はアームを触りながら言った。
「でも、動かしたのは、ソラヒトだと思う」
ハルカは俺を見た。まっすぐな瞳で。
「は? 俺が?」
「聖なる岩に触れた後、ソラヒトの目が光った」
「俺、何もしてないぞ。ただ、ハルカが危ないと思っただけで——」
「それだけで、動いた。動かした」
俺は、何も言えなかった。アームは草の中で静止している。
「それなら、チェン先生にも話を聞いてもらうアル!
あの人、何かと詳しいネ」
「そうですね。ここは危険ですし、一旦離れましょう。
ハルカ、背中に乗れるか?」
「うん。ありがとう」
三人は、足早に集落へ戻り始めた。




