27.香港の子供たち
時刻は午後三時前。ユーラシア大陸の海岸線が見えてきた。大地は午後の太陽に照らされて、生き生きとしている。しかし、それは見慣れない形状をしていた。
「なんか、地形がすごいな」
入り組んだ湾が続いている。
大小の島が点在し、その間を縫うように海峡が走っている。
「おかしい……」
ハルカが小さい声で言った。
「おかしいって、何が?」
「ここ、きっと香港。
思ってたよりも、南に流されてた」
「まあ、いいじゃんか、無事に陸地に着いたんだし。
てか、かなりの数の廃ビルがあるぞ?
なんなら、東京以上じゃないか?」
「香港は昔、アジアの貿易の中心地だった。
山と海に囲まれた天然の港があって、世界中から船が来てた」
「はぇ〜、さすが物知りだな。
って、なんかあそこ凹んでないか?」
俺は街の中心から少し離れた場所にある凹みが気になった。
「あれ、多分クレーターだと思う。
それに、あそこだけ森林になってる」
「……てことはもしかして、オデッセイの破片の一部か?」
「きっと、そう」
「なら、近くの人に話を聞いてみようぜ」
低空で旋回しながら集落を探す。
海岸沿いを一周したところで、山の麓から煙が上がっているのを見つけた。
「ソラヒト、あそこ」
「煙だな。降りられそうな場所、あるか?」
「山の手前に、少し開けた場所がある。
公園か広場の跡だと思う」
低空で一度横切って確認すると、草に覆われてはいるが平らで広いことがわかった。
「行けそうだな。降りるぞ」
大気は安定しており、着陸は難なく成功した。
すると、十五人ほど集落の人が出てきた。
彼らは廃ビルを改築した建物に暮らしているらしい。
集落の案内役として、四十代くらいの活発な女性が名乗り出た。長く綺麗な黒髪で、動きが軽快だ。
「やあ、旅人さん! 私はシャオリン、よろしくネ!」
「こんにちは。俺はソラヒト、こっちはハルカです」
「ソラヒトに、ハルカ。どこから飛んできたアルか?」
シャオリンさんは、スカイフィッシュ号をじっと見ている。
「日本の福島からです。いろいろ寄り道しながら来ました」
「日本から来たアルか!?
しかも、この飛行機で……!?」
シャオリンさんは継ぎ接ぎだらけの機体を見回した。
「こんな状態で来たの……。すごいネ……」
「直しながら飛んでるので……」
「いや、ボロいけど、かっこいい。
ボロかっこいいアル!」
「どこかで聞いたな……、その表現」
「きっと誰が見てもそう言うアル!」
シャオリンさんは大笑いして言った。
「さあ、中に入るアル。ご飯食べていくネ……と思ったけど、まだ三時アルな。
ちょっとだけ香港を案内するアル」
「いいんですか? お願いします!」
二人は、シャオリンさんについていった。
香港の街を歩きながら、いろいろと説明してくれた。
「ここは瓦礫だらけで、誰も寄りつかない場所だったんだけど、三十年くらい前に集落ができたネ。
街の近くに“聖なる岩”があって、その周りに人が集まり始めたのが、きっかけアル」
「聖なる岩って、なんです?」
「集落の外れにある岩ネ。
五十年前に空から落ちてきたって、父ちゃんから聞いたアル。
落ちてから、周りの植物がすごく育つようになったらしいアル」
俺はハルカと顔を見合わせた、
「……さっき、空から見たクレーターのことだな」
「うん。見せてもらおう」
しかし、ちょうどその時、集落の子どもたちがよたよたと歩いて近づいてきた。五、六人。
みんな共通して体が細く、肌が少し白かった。
「おお、お前ら出てきたアルか! 久しぶりにお客さんが来たアルヨ!」
「こんにちは!」
俺がそう言った途端、子供のうちの一人がつまずいて転んだ。
「おい、大丈夫かよ?」
「心配いらないアル。いつものことネ」
シャオリンさんはそう言って、その子のもとへ駆け寄った。
「……ここ十年くらい、この集落で生まれる子たちは、なぜか体が弱いアル。
でも、みんなすごく感覚が鋭くて——」
シャオリンさんは一人ずつ紹介を始めた。
「この子は色の違いが人より細かく見える。
この子は遠くの音が聞こえる。
この子は食べ物の味を舌で細かく感じ取れる。
触っただけで何の原子で構成されている物質なのかがわかる子もいるアル」
ハルカは、子どもたちを見ていた。
「……私と同じ。私も、生まれつき体が弱い。
でも、大気の変化を肌で感じ取れる。天候や気流がわかる」
「そういや、ミオちゃんも体が弱いって言ってたし、ダイチくんも白くて細かったよな」
「うん。何か関係があるのかもしれない」
◇
夕飯の後、集落の医療記録係のチェン先生が話しかけてきた。
八十代くらいで、細い体に鋭い目が印象的だった。
「君は体が細いね。生まれつきそういう体質じゃろ?」
ハルカの体をじっと見て、そう言った。
「そうです」
「遺伝的多様性が低いのかもしれないな。
隕石落下後、地球上の人口が激減した。
近親交配が進んで、特定の遺伝的な弱さが集団に広がりやすくなった。
体の弱い子が増えたのは、そのせいだと思っとる」
チェン先生は、椅子に腰を下ろした。
「遺伝的なもの……。じゃあ、ハルカは治らないんですか?」
「今の医療では難しい。でも、どうやらそういう体質の人間には、特別な感知能力が発現することがあるようじゃ。
体が弱い代わりに、感覚が研ぎ澄まされる——不思議な話じゃ」
「体が弱いのと、感知できる能力が——表裏一体なのか」
「可能性として、じゃ。断言はできない。
でも、この集落の子どもたちを見ていると、そう思うぞ。
それと、聖なる岩の近くで生まれた子ほど、感覚が鋭い傾向がある。
あの岩が何かを出している、という仮説を立ててもよいかもな」
「聖なる岩が……。シャオリンさん、明日、その岩を見せてもらえますか?」
シャオリンさんの目を見て聞いた。“聖なる”なんて名前がついてるくらいだから、地元の人たちにとっては大事な物なのだろう。
「もちろん、いいアルヨ!
ただ、ここ数年は誰も近寄ってないから、私もどうなってるかわからないネ」
シャオリンさんはにっこり笑って、ガッツポーズを見せた。
その日は、シャオリンさんの部屋に泊めてもらった。
明日が楽しみで、早く寝た。




