03.北海道の、夏の雪
「なあ、ハルカ。
北海道って、夏でも雪が降るもんなのか……?」
「隕石が落ちてから、この辺の気候がおかしくなった。
大気の流れが変わって、シベリアの冷たい空気が一年中流れ込んでる」
「へー、物知りだな」
「いつか、ソラヒトと行けたらいいなって思って、図書館でいろいろ勉強してた」
「そっか。来られてよかったな」
「うん」
「にしても、地球って簡単に変わっちまうんだな」
「変わった地球も、綺麗」
「ああ、なんつーか神秘的だよな」
空を見上げると、太陽は高い位置にあった。間違いなく夏の太陽だ。
にも拘らず、雪が降っている。
きっと“天井”を高速で吹き抜ける風は、ついさっきまでシベリアにいた冷たい空気なのだろう。
「ソラヒトは、知床半島って知ってる?」
「ああ、北海道の右上の方だよな?」
「右上って……。飛行機乗りなんだから、せめて北東とか言って」
「悪い悪い、つい」
「で、その知床半島は、雪が降るだけじゃなくて、永久凍土になったって、本で見た。
本っていっても、旅人が書いた手記みたいなもの」
「永久凍土……。一年中、凍ってるってことか?」
「そう」
「行ってみたいか?」
「うん。連れてってくれるなら、行きたい」
「よっしゃ! じゃあ目的地は決まったな!
知床半島まで案内してくれ!」
「わかった」
スカイフィッシュ号を加速させ、ハルカの指示する方向へ飛んだ。
◇
知床半島に近づくにつれ、さらに景色が変わってきた。
「うっはぁ、もう完全に真っ白だな……」
「ソラヒト、地面が白いと、距離感が掴みにくくなる。
目視だけじゃなくて、計器の確認も忘れないで」
「了解だ」
半島の上空に入ると、気流が変わった。
山と海に挟まれた地形で、風が不規則に動いている。
「ソラヒト、海側に寄りすぎないで。海から吹き上げる風が強い」
「どのくらい山側に寄ればいい?」
「あと二百メートル内陸」
機体を内陸側に寄せると、風が落ち着いた。
「ソラヒト、そろそろ降りた方がいい。
だんだん、“天井”が落ちてくる感覚がある。
今、“天井”まで二百メートルしかない」
「降りられそうな場所はあるか?」
「少し先に開けた場所が見える。
でも、雪が積もってるから、草地と違って止まるのに長い距離が必要。
長めに見積もらないといけない」
「そっか、滑っちまうんだな。
どのくらい余分に必要だと思う?」
「草地の三倍は見て。
雪の下が凍ってると、思ったより滑る」
「了解! 場所を確認してから降りよう」
雪の広がった平地が見えてきた。白く、静かで、誰の足跡もない。
その近くに、廃ホテルのような建物があった。
窓枠に氷柱が垂れ、屋根には大量の雪が積もっている。
しかし、その一角の窓から細い煙が上がっていた。
「誰か、住んでるのか……?」
「人の気配は、ある」
「降りたら、行ってみっか!」
雪の平地の上を、高度十メートルほどで一度横切った。
ハルカはその隙に地面の状態を確認する。
大きな凹凸はないか。障害物はないか。
「真ん中より右側、雪が均一に積もってた。
凹凸は、少ないと思う」
「オーケー! じゃあそこ目掛けて、もう一度アプローチする!」
「風は北西から来てる。流されないように。
それと、止まりきれないと思ったら、迷わず機首を上げて。他の場所を探す」
「わかった!」
旋回して、アプローチに入る。
高度を落とすと、雪の地面が近づいてくる。
風が北西から来ているが、微調整して修正する。
「ハルカ、しっかり掴まってろよ!」
ザッ、という音とともに、主脚が雪面に触れた。
思ったより柔らかい。
しかしその直後、機体が滑り始めた。ブレーキを踏むが、なかなか止まらない。
「ソラヒト、滑ってない?」
「俺を信じろ!」
雪面を滑走しながら、速度が落ちていく。
前方に木の列が見えてきた。
「大丈夫だ、この速度なら止まる……!」
……ザザッ。
止まった。木まで、十メートルほどの距離があった。
「ちょうど草地の三倍、か。さすがはハルカだな」
「……次からは四倍見て」
「その方がいいかもな」
エンジンを切ると、遠くの風の音と、波の音だけが残った。
雪の上は、音を吸い込みやすいのかもしれない。
「……行ってみっか、あそこ」
俺は、廃ホテルを指さした。
「うん。どんな人がいるんだろう」
俺は雪の上に降り、コックピットに手を差し出した。
ハルカはその手を取って、ゆっくりと降りた。
「足元、滑るから気をつけろよ」
「ありがとう」
「あそこから入ろう」
廃ホテルの入口は、ほとんど雪に埋まっていた。
かろうじて人が通れる程度に雪かきはしてあった。
そこから俺が先に入ってハルカの手を引いた。
「生活感、あるぞ……」
かつてのロビーらしい空間を抜けると、奥に明かりが見えた。
「あの部屋みたいだな……。入るか」
「うん」
小さな部屋に入ると、中には暖炉があった。
その前には、老人が座っていた。
小柄で、白髪で、顔は皺だらけだった。
俺たちを見ても、驚いた様子はなかった。




