24.父の想いと、子供の夢
翌朝。俺は早い時間に目が覚めた。
起き上がって窓の外を見ると、海が見えた。
昨日と同じエメラルドグリーンの海が、朝日を受けて光っていた。
胸のポケットには、父さんからの手紙がある。
寝る前に読み返そうと思ったが、何故かできなかった。
みんなの前では平静を保てたが、部屋に戻った後しばらく布団に潜っていた。
ハルカは何も言わず、ただ、隣にいてくれた。
「『俺が帰れなかった時は、お前が代わりに確かめてくれ』か……」
父さんの言葉を、声に出した。
「ソラヒト、おはよう」
「うわぁっ! ビックリした……。
悪いな、起こしちまったか?」
ハルカも早い時間に目を覚ましていたようだった。
「ううん、私の方が先に起きてた。
ソラヒトのイビキ、聞いてたから」
「結局、イビキで起こしちまってたのか……。
てか、俺ってイビキかいてるのか?」
「かいてる、毎日」
「まじか、俺って絶対イビキかかないタイプだと思ってたのに……」
「たまに、オナラもしてる」
「言わなくていいっての!
ったく、ハルカって大人しいけど、そういうのはハッキリと言うよな……」
「私、大人しいわけじゃない。
たくさん話すと疲れるから、こういう話し方なだけ」
「まあ、こんだけ一緒にいるんだ、なんとなくはわかってたよ。
どうだ? 少し朝の散歩でもしないか?」
「したい」
「おっし、じゃあ背中に乗りな」
◇
砂浜まで歩いた。朝から砂は暖かかった。
「ソラヒト、手紙、どう思った?」
俺は少し間を置いた。
ハルカが聞く“どう”には、いろんな意味が含まれている気がした。
「そうだな……、父さんって、俺と同じことを考えてたんだなって思った。
父さんが飛び立ったのは俺が三歳の頃だから、薄っすらとしか記憶はないけど、やっぱ親子なんだなって思った。
俺、無意識で父さんと同じことをしてるんだな」
「うん」
「俺が父さんを追いかけてるんじゃなくて、俺と父さんが同じものを追いかけてるんだって思えた」
「親子で、同じものを追いかけてる……」
波が打ち寄せ、足が濡れた。
「とりあえず、今日と明日はのんびりしようぜ!」
「うん、賛成」
◇
朝食後、集落の子どもたちが5人ほど、スカイフィッシュ号に群がってきた。
七歳から十歳くらいだろうか。
機体の周りをうろうろしながら、おそるおそる手を伸ばしている。
「触ってもいいぞ」
俺は子供たちの頭を撫でた。
「いいの!? ありがとう!」
子どもたちが一斉に触り始めた。
翼を叩いたり、プロペラを回そうとしたり、継ぎ接ぎの部分を指でなぞったり。
「ねえねえお兄ちゃん、この飛行機、なんでこんなにボロボロなの?」
「それはな、直しながら飛んでるからだ。
初めてこいつに乗ったのが十年前だから、それからずっと直して直して飛んできた」
「へー! 十年前って、お兄ちゃんは何歳だったの?」
「八歳だな。初めて飛行機に乗せてもらった時の感覚は、今でも忘れられない」
「じゃあ、僕も空を飛んでみたい!」
「じゃあ、乗せてやろうか?」
「え! いいの!?」
男の子は固まった。まさか本当に乗せてもらえるとは思ってなかったのだろう。
「楽しいけど、最初はきっと怖いぞ。
どっちが勝つかは、乗ってみてからのお楽しみだ」
男の子は少し考える素振りを見せた。
「んー……、乗る!」
そして、男の子を乗せて低空で飛び回った。
高度は三十メートルくらい。
男の子は最初、座席にしがみついていた。
しかし、機体が安定してくると少しずつ体の力が抜けていったようだった。
海が見えた瞬間、「海だ!」と叫んだ。
リゾートホテルが見えた時、「僕の部屋が見える!」と叫んだ。
ホテルの上空をゆっくり旋回して戻ってくるだけのフライトだった。
着陸すると、男の子は地面に降りてしばらく動かなかった。
「どうだった?」
「めちゃくちゃ怖かったけど、楽しかった!」
「どっちが勝った?」
「そりゃ楽しさだよ!
お兄ちゃんの操縦、凄く安定してたし!」
「だろ? こう見えて俺、めっちゃ操縦上手いんだぜ?」
周りにいた子どもたちが「私も!」「俺も!」と声を上げた。
結局、全員一周ずつ乗せて飛んでやった。
最後の一人を降ろした時、ウミさんが隣に来た。
「子供たちと遊んでやってくれて、ありがとね。
この子たちは、飛行機を見たこともなかったから——あなたたちが来てくれて、本当によかった」
「楽しかったのは俺も同じです。
初めて飛行機に乗った時の感動を思い出せました」
「そう……。そろそろお昼ご飯だから、みんないらっしゃい」
ウミさんはそう言って、ホテルの中に戻っていった。
◇
午後は、ウミさんの案内で海に出た。
小舟で沖まで出ると、海の底が見えた。
「近くで見ても本当に綺麗だな、珊瑚礁って」
赤、白、橙、紫——色とりどりの珊瑚礁が、海底一面に広がっている。
魚が珊瑚礁の間を泳いでいる。
かつての建物の基礎部分が珊瑚礁に覆われており、もはや人工物なのか自然物なのか、わからないものになっていた。
「きれい」とハルカが言った。珍しく、声が弾んでいた。
「人間がいなくなって、さらに珊瑚礁が広がったんじゃないかしら。
きっと珊瑚礁は、人間の栄枯盛衰を見届けたのよ」
ウミさんは小舟から手を伸ばし、海面に触れている。
俺とハルカはそれを覗き込んだ。
「地球って、そういうもんなんだよな。
人間がいてもいなくても、続いていくんだな……」
その時、舟が少し揺れた。
「きゃっ」
ハルカが舟の縁に手をついて、体を乗り出していたところに波が来た。
俺はハルカを掴もうと手を伸ばしたが、届かなかった。
ハルカが海に落ちた。




