22.珊瑚礁の島、沖縄
翌朝。燃料の補給をしながら、俺はエリクシル触媒の手入れを手伝った。
苔を削ぎ落とし、表面をきれいにする。
磨くと触媒が本来の輝きを取り戻した。
「手入れしてくださって、ありがとうございます。
実は僕、触媒に触れると気分が悪くなる時があるので、苦手だったんですよね」
「それは、なんででしょうね……?
まあ、次来た時も、触媒の手入れを手伝わせてください。
また寄ります」
「寄ってください。桃の育ち具合も見せたいです」
そして、出発の準備が整った。
ダイチくんが見送りに来た。
「昨日も言いましたが、沖縄に着いたら四日は待ってください。南の大噴火が収まってから海を渡った方がいい」
「わかりました」
「帰ってきたら、話を聞かせてくださいね。
オデッセイ島がどんな場所か、僕も知りたいです」
スカイフィッシュ号のエンジンが唸りを上げた。
カルデラの草地を滑走する。
機体が浮いた。
眼下にダイチくんが見えた。
地面に手を当てたまま、空を見上げていた。
スカイフィッシュ号は、沖縄へ向かって飛んでいる。
阿蘇山の噴煙が、青い空に向かって上がり続けていた。
◇
九州の南端を越えると、これまで見てきた海とは違った色の海が見えた。しかも、南に行くほど水の色が明るくなっていく。
濃い青から、少しずつ緑が混じり始め、島が近づくにつれてエメラルドグリーンに変わっていった。
「なぁハルカ、なんで海の色が変わるんだ?」
「水深が関係してる。
深い海は光が届かないから濃い青になる。浅い海は海底まで光が届いて、白い砂や珊瑚礁が透けて見えるから、緑や水色になる」
「珊瑚礁?」
「小さな生き物が積み重なってできた岩礁。沖縄の海には、日本で一番広い珊瑚礁がある」
ハルカって本当に物知りだなと思っていると、やがて島が見えてきた。島の周りだけ、海の色が特に鮮やかだった。
「すっげぇ……、今まで見た海で一番きれいだ」
「珊瑚礁は、小さな命の積み重なりだから、きれいなのかもしれない」
南西諸島を島伝いに飛ぶ。
島と島の間の距離が短く、着陸しようと思えばいつでもできる安心感はあった。
「ハルカ、大気はどうだ?」
「とても素直。日本の北の方とは、全然違う。
偏西風の影響が弱くなってるからだと思う」
「偏西風って、確か西から東に吹く風だったよな?」
「そう。日本の天気が西から変わるのは偏西風のせい。
でも南に行くほど、その影響は弱くなる。
だから、この辺りの大気は福島より読みやすい」
「それなら安心だな」
島を一つ越えるたびに、空気が少しずつ変わっていく。
北の空気より、南の空気の方が軽く、温かい。
ハルカは、俺の背中に手を当てながら、その変化をひとつひとつ伝えてくれていた。
◇
そして、沖縄本島が見えてきた。
眼下に、変わった形の建物が見えた。
かつてはリゾートホテルだったのだろう、建物の形は立派だが、窓ガラスはなく、壁に植物が絡まっている。
しかし、その周囲には畑があり、洗濯物が干されていた。
「お! あそこ、人がいるぞ」
「降りてみよう」
リゾートホテルの駐車場跡に、スカイフィッシュ号を降ろした。
アスファルトが割れて草も生えているが、平らで広かった。
気流も安定していて、今までで一番楽な着陸だった。
エンジンを切ると、波の音が聞こえた。風が温かい。
これまで飛んできた場所とは、空気の質が全然違った。
「あったかいな……。
気温で言ったら、福島や東京と変わりはないけど、なんつーか、不快感がないよな」
「確かに、空気が優しい」
コックピットから降りようとすると、ホテルの入口から女性が走ってきた。
三十代くらいだろうか。短く切った黒髪で、日焼けした肌。動きが軽快で、笑顔が明るい。
「飛行機! みんな、飛行機が来たわよ!
あなたたち、どこから来たの?」
「こんにちは! 福島から来ました!」
俺はハルカを降ろしながら、答えた。
「福島!? どのくらいかかった?」
「いろいろ寄り道しながら来たんで、四、五日かかかりました」
「遠いところから、ようこそいらっしゃい!
私はウミ。この集落に住んでるわ」
「俺はソラヒト、こっちはハルカです」
「あら、お人形さんみたいね。可愛い」
ハルカは軽く会釈をした。
「にしても、この飛行機、継ぎ接ぎだらけね。
これで飛んできたの?」
ウミさんがスカイフィッシュ号をぐるりと見回した。
「ええ、もうずっと直しながら飛んでいるので」
「なんだろう……、ボロかっこいい!」
「ぷっ! なんすか、それ」
俺は、ウミさんのその表現が可笑くて笑ってしまった。
その時、ウミさんは、ハルカの顔を覗き込んだ。
「ハルカちゃん、大丈夫? 顔色が少し悪いけど」
ハルカは少し驚いた顔をした。
「……少し、疲れてるかも」
「そうだよね、長旅だもん。
さあ入って入って、お腹空いてるでしょ?
美味しいもの、たくさんあるわよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます!」
俺はハルカを背負い、ウミさんについていった。




