21.阿蘇山の恵み
ダイチくんは、身振り手振りをして説明してくれた。
「熱さえあれば作れます。
エリクシル触媒は、高温になると空気中の分子を組み替えるんです。それで生成された液体が、エリクシル燃料というわけです」
「空気から燃料を作っていたのか……。
じゃあ、使用後はどうなるんです?」
「もちろん、空気に戻りますよ。
燃焼しても有害なものは出ない。完全にクリーンな燃料です」
「すっげぇな……」
「ほんとですよね。
この技術が見つかる前は、化石燃料を使っていたらしいです。石油とか石炭とか。
それを燃やすと二酸化炭素が出て、環境に悪かったって聞いたことがありますね」
「今は空気から燃料を作って、燃やしたら空気に戻るんですね」
「まあ、化石燃料に比べたら、エリクシル燃料が生み出す熱はかなり少ないんですけどね」
「……でも、循環してるんですね」
「はい。熱さえあれば空気から生成できる。太陽がある場所なら太陽の熱、火山がある場所なら地熱。
ただ、触媒の手入れが大変で……」
「苔の話ですよね?」
「そうです。何度掃除しても、すぐに生えてきちゃって……」
「植物が、育ちやすい……」
とハルカが呟いた。
「どうした? ハルカ。
さっきもそこに引っかかってたみたいだけど」
「東京のミドリさんが言ってた。
小惑星・オデッセイの粉塵が植物の成長を促進してるって。この触媒って、もしかして……」
「オデッセイと関係がある……?」
「わからないけど、たぶん」
「なら、答えは、オデッセイ島にあるのかもしれないな。
触媒の成分も、植物の成長も、全部繋がってる気がするぜ」
「ソラヒトさん。まさかフィリピン方面に行くのって、オデッセイ島が目的なんですか!?」
「ええ。俺たちはオデッセイ島を目指して、旅をしています」
「行けるものなんですか!? そんな場所」
「行ってみなければ、わからない」
ハルカは静かにそう言った。
しかし、その声にはハルカの覚悟が感じられた。
その時、料理をしていた集落の人が話しかけてきた。
「おーい、旅人さんよ!
料理ができるまで少しかかるから、その間に温泉に入るか〜?」
「……温泉!!」
ハルカは目を輝かせた。
温泉は、集落の外れにあるらしい。
「ハルカ、温泉まで歩ける……か?」
ハルカを見ると、いつもより背筋が伸びており、温泉に向かってスタスタと歩き始めていた。
「おいおい、こういう時ばっかり元気になりやがって……」
しかし、二十メートルくらい歩いたところで、ハルカはへたり込んでしまった。
「ソラヒト、おんぶして」
「……へいへい」
結局いつも通り、ハルカを背負って温泉まで歩いた。
◇
露天風呂は、岩を積み上げて作ってあった。中央に木の板が一枚立てられている。
その向こう側が女湯らしかった。
同じ源泉から湯が流れ込んでいるので、湯の温度も匂いも同じなのだろう。
「あっっっつぅぅ……!」
露天風呂に入ると、とにかく熱かった。
「ソラヒト、大丈夫?」
板の奥から、ハルカの声が聞こえた。
「大丈夫だけど、めちゃくちゃ熱くないか?」
「私、もう慣れた」
「いや、早すぎるだろっ!」
俺は少しずつ湯に浸かった。
体に熱が染み込んでくる。硫黄の匂いがした。
「なぁハルカ、一個聞いていいか?」
「なに?」
「お前って、俺と旅をしてて本当にいいのかよ? 幸せなのかよ?」
板の向こうが少し静かになった。湯の流れる音だけが聞こえる。
「どうして今、そんなことを聞くの?」
「ずっと前から聞こうと思ってた。でも、タイミングがなかった。……それに、勇気も」
「……正直に言っていい?」
「ああ、言ってくれ」
また少し間があった。
「最初はソラヒトが心配だったから、怖い気持ちを抑えて、私も乗った。
ソラヒト一人で飛んだら、危ないと思って。
私がいれば、近くで危険を知らせてあげられるって——だから乗った」
「そっか、迷惑かけちまったな」
「……でも、今は違う」
「……」
湯が静かに流れる音がした。
「今は、私が見たいから飛んでる。行きたいから飛んでる。
ソラヒトがいなくても、一人で飛べるなら飛ぶと思う」
ハルカは小さく笑った。
板の向こうから、その気配が伝わってきた。
「それなら、よかったよ」
「よかった?」
「俺が無理やり連れ回してるんじゃないかって、少し思ってたからさ」
「私、体が弱いから、行動範囲が凄く狭い。
さっきの場所から温泉までだって、一人じゃ来れなかった。
飛行機に乗る前は、福島しか知らなかった。
知床の雪も、東京の森も、奈良の湖も、熊本の温泉も——全部、飛ばなかったら知らないままだった。
だから……感謝してる。とても」
俺は湯に首まで浸かった。
夕暮れの空に、阿蘇山の噴煙が白く伸びていた。
“天井”は、高かった。
◇
温泉から上がると、夕飯ができていた。
天然のかまどから取り出された芋と魚が、葉の上に並べられていた。
「どうぞ、召し上がってください」
ダイチくんの勧めで、俺は芋を一つ手に取って食べた。
「うまっ! ホクホクですね!」
「地熱蒸しは、食材の水分が逃げないから、ふっくらと仕上がるんです」
とダイチくんが言った。
その隣で、ハルカは持ってきていた荷物を漁っていた。
「これとか、合うかも」
荷物から桃の顆粒を取り出した。
蒸し上がった芋と魚に散らした。
すると、蒸気と混ざって桃の甘い香りが辺りに広がった。
「いい匂いですね。これは何です?」
とダイチくんが言った。
「福島で採れた桃を、乾燥させて小さく砕いたもの。
魚や芋の甘みと合う」
全員で食べた。芋は甘く、魚はふっくらしていた。
桃の香りが全体をまとめている。
「いつか、生の桃も食べてみたいですね」
「後で種を少し分けるから、ここでも育ててみて」
「いいんですか? ありがとうございます!
けど、この辺りの乾燥した土でも大丈夫ですかね?」
「うん。エリクシル触媒があれば、きっと育つ」
◇
夕飯が終わると、ダイチくんが「少し見せたいものがある」と言った。
集落の外れ、丘の上に出た。阿蘇山が見えた。
夜の山は、昼間とは別の顔をしていた。
山頂から噴き出す噴煙が、溶岩の光を受けて赤く染まっている。
山の斜面のあちこちで、細い溶岩流が光の筋を作っていた。
暗い夜の中で、山が内側から光っているように見えた。
「すっげぇ……。活火山って光るんですね」
「毎日見てるけど、飽きないですよ」
「こういった大自然って、本来は人間にとって脅威であるはずなのに、美しいと感じてしまうのは、何故なんでしょうね」
ダイチくんは顎に手を当てて、考えている。
ハルカもその答えがうまく言葉にできなかったようだった。
「その言葉、私もずっと思ってた。うまく言えなかったけど」
「ハルカもか。
知床の大雪、東京の巨大な植物、奈良の水没湖、熊本の活火山、どれも脅威だけれど、美しいんだよな」
三人でしばらく、山を見ていた。




