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第五話


 イライアスか管制室に乗り込んできたのは、魔導結晶が完成してから二日後のことだった。


 管制室で、新型の制御陣の詳細を記録していると、何やらどたどたと荒い足音がアリアの耳に届いたのだ。


 ノックもなく急に扉が開かれると、部屋に入ってきたのは、第一王子イライアス・フォン・アルセニアとエリーゼの侍女マリエル——そして、その後ろに寄り添うエリーゼの姿があった。


「アリア!」


 イライアスの声が制御室に響く。


  しかしアリアは作業を止めなかった。イライアスの方を見ようともせすに、記録を取り続けている。


 それがまた、火に油を注いだらしい。イライアスが烈火の如く喚き散らす。


「ええい、こっちを見ろ!」


 だが、アリアは動じることもなく、作業が一段落してはじめて、ゆっくりと顔をあげた。


 イライアスの顔は怒りで高揚しているのか赤く染まり、目が据わっている。その腰に吊るされている剣に手がかかっていて——次の瞬間、金属音とともにそれが引き抜かれた。


「アリア! お前は今まで国民に尽くしてくれた聖女を蔑ろにし、あろうことか王国の守護を担う結界を、私に何の断りもなく勝手に作り替えた。これは、この国の王太子である私への反逆だ!」


 イライアスは、アリアの首元に剣の切っ先を突きつけながらで、言葉を続ける。


「今すぐ聖女エリーゼに跪いて謝り、結界の管理権を彼女に譲渡しろ。それから——」


 そこで、イライアスは一度言葉を区切った。その表情に浮かぶのは、どこか優越感に浸った、勝利を確信しているような笑みが浮かんでいる。


「お前のような"人でなし"は私の隣に立つのにふさわしくない。泣きながら立ち去った聖女を追うこともしない冷たい女に、この国の王妃は務まらない。よって、この場で貴様との婚約を破棄する」


 その言葉を聞いて、エリーゼはいつアリアが取り乱すのだろうと、期待しながらイライアスの後ろで黙って見ていた。


 結界の核を抜いた時とは、訳が違う。


 王太子に逆らい、婚約破棄までされた惨めなアリアは、この場は哀れに自分たちに泣きついてくるしかないのだと、エリーゼは信じて疑わなかったのだ。


 そうして縋りつくアリアを容赦なく断罪するのが、エリーゼの描く未来だった。今まで散々邪魔をしてきた生意気なたかが公爵令嬢。希少な光の魔力に目覚めた聖女である自分こそが、この国の王妃となって、愚かな民を導くことこそが正しいのだと、エリーゼは考えている。


 その隣に立っているイライアスもまた、エリーゼと共にそうなることを望んだ。


 親に勝手に決められた婚約者で、可愛げの一つもないアリアを、最初からずっとイライアスは気に食わなかった。


 他の令嬢は、イライアスが何をしても賞賛してくるのに、アリアだけは違った。


 常に冷静で無表情、感情を顕にすることもなく、淡々と、でもそこにいるのが当たり前だという態度で、イライアスの隣に立っている。


 そして、王宮の講師たちはみな、そんな冷たいアリアを褒め称えて、二言目には「アリア様を見習って下さい」と言うのだ。


 自分だって精一杯やっているのに、何故アリアばかりが褒められて、自分は比べてられるのだろうと、イライアスはずっと不満を抱えていた。


 だからイライアスは、アリアに結界の制御を全て押し付けたのだ。そんなに大人が言うのなら、得意なやつがやればいいだろうと。


 人をうまく使うのが、人の上に立つ者の仕事だと、ルーシェル侯爵に言われたから、それに従っただけなのだ。


 アリアは剣を突きつけられたまま、イライアスの顔を冷静に見ていた。


 怒りで赤く染まったその顔を、何年も隣で見てきた。子供の頃から決まっていた婚約。悪い人ではないと思っていた時期もあった。ただ——ずっと、話が噛み合わなかった。


 講師からはイライアスを支えるようにと言われ続け、相互理解を深めようと、色々な話題を振っても「難しいことはいい、お前がやれ」と、いつも話を打ち切られていた。


 エリーゼが王宮に来てからは、その会話すらなくなって、仕事を押し付けられるだけの関係になっている。


「……王妃にふさわしくない、と」


 アリアは、イライアスに言われた言葉を静かに繰り返す。


「理由は聖女を追わなかったから、ですか」


「そうだ!  お前の発言で聖女が傷ついたのに、謝ることさえできないではないか!  お前には人の心がないのか!」


「そんなことはありません」


 激昂するイライアスに、アリアはただ冷静に反論する。


「ただ、国の防衛網を勝手に破壊して、無辜の民を人質に取るような人間と、そんな人間に対して何もしていないのに謝らないこと、どちらが心がないのでしょうか」


「そんな、人質だなんて! ただ、私は謝って欲しかっただけなのに…」


「そんな屁理屈が通じると——!」


「屁理屈ではありませんよ、兄上」


 泣きながら抗議をするエリーゼと、それを庇おうとするイライアスの声を遮るように、管制室に響き渡る声が聞こえた。


 声のした先――扉の向こうには、フェリクスが近衛兵を連れて立っている。


「何故貴様がここに居る!?」


「——兄上。その数々の醜態、もはや正視に堪えません」


 そして、その奥には——国王夫妻であるオズワルドとヴェロニカ、静かに立っている。


 それを見たイライアスの顔から、一瞬で赤みが引いた。


「……父上」


「剣を納めろ、イライアス」


 国王オズワルドの威厳のある声が重く響き渡る。


 決して怒鳴ることもなく、淡々と言う父の口調は、今までイライアスが聞いたことのない響きだった。


 そのたった一言で、その場の空気はオズワルドが支配しており、イライアスは震える手で剣を収めるしかなかった。


「父上、しかし私は——アリアが、聖女を——」


「全て聞いた」


 国王は一歩、前に出た。手に羊皮紙が握られている。


「アリアが勝手に結界を作り替えた、と言ったな。だが、これを見ろ」


 羊皮紙が広げられると、そこに書かれていたのは、アリアの筆跡の結界修正案の申請書だった。日付は、一年前。


「新型結界の設計は、正式な申請として私の元に届けられていたが、保留にしていたのだ。私は時期を見ていた。……結果的に、お前たちが計画を前倒しにしてくれたわけだがな」


 父の予想外の言葉に、イライアスは反論しようと口を開けたが、何も浮かばず口をぱくぱくさせるだけだった。


「それから」とオズワルドは続ける。


「エリーゼに唆しされたお前が、アリアの食事に睡眠薬を盛るために、若手の医者を脅したことも、裏が取れている。それをマリエルが混入したこともな」


 今度はマリエルが、小さく声を上げた。


「そんな……証拠は残っていないはず――」


「! それは、マリエルが私を思って勝手にやったことですわ!」


 マリエルの言葉を遮るように、エリーゼは声を荒げる。


「そんな! それはエリーゼ様が…」


「そうだ! 父上、それはそこの侍女が勝手にやったことです!」


 それにイライアスまでも便乗してまくし立てるが、それを打ち消す冷静な言葉が響き渡った。


「全て聞いた、と言った」


 それは、オズワルドの、王と父親で揺れる苦悩に塗れた言葉だった。


「お前たちがそれぞれ部屋に籠もっていた膝を三日間で、フェリクスが全て調べあげている」


「いつの間に」と小さくアリアが呟くと、フェリクスはアリアにだけ聞こえるように囁いた。


「私の側近は優秀だからね」


 ――アリアはそれを聞いて、思わずくすっと微笑んでしまう。


 それはイライアスの見たことのない、とても自然な笑顔であり、彼は思わず見惚れてしまっていた。そうして、冷静になってしまったイライアスには、もう反論することが出来なくなってしまった。


 オズワルドがイライアスの前に立ち、真っ直ぐに息子と正対する。


「王太子イライアスよ。お前は感情に任せて公務を放棄した聖女を庇い、更にはその甘言に乗せられて、国の中枢である魔導結界を破壊した。更には、それを再建したアリアに対して、言い掛かりをつけて剣で脅すなどの数々の蛮行……王太子としての資質、一欠片もなしと判断せざるを得ん」


「父上……!」


「今、この瞬間をもって、第一王子イライアスの王位継承権を剥奪する。次期王太子には、アリアと共に新型結界の運用を支えた第二王子フェリクスを指名する」



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