最終話
「今、この瞬間をもって、第一王子イライアスの王位継承権を剥奪する。次期王太子には、アリアと共に新型結界の運用を支えた第二王子フェリクスを指名する」
父の宣言を聞いたイライアスは、顔を真っ青にして膝から崩れ落ちた。その隣ではエリーゼが何やら絶叫しているが、アリアの耳には届かない。
どうやらアリアに掴み掛かろうとしているようだが、近衛兵に取り押さえられている。
「 私は聖女よ! 私が全て正しいのよ!」
しばらくして、エリーゼの血走った目がアリアの冷静な瞳と合った。
「アリア様! お願い、追ってこなかったことは許してあげるから、陛下に執り成して……! ねえ、お願いよ……私たち、お友達でしょう!」
追い詰められたエリーゼが、アリアに手を伸ばそうとする。それすらも近衛兵が押さえようとしたが、アリアはそれを視線で制する。
そして、アリアは一歩前に踏み出した。その伸ばされた手には、一切触れようともせずに冷静に言葉を紡ぐ。
「残念ですが――」
アリアの声が、静かに響き渡る。
「私は"人でなし"ですので」
その冷静に紡がれる言葉に、エリーゼが息を呑んだ。
「貴女は、いつも私を否定していました。成すべきことを成さなかった貴女を、助ける理由は私には見つけられませんでした——全部、貴方たちの言う通りですね。私は"人でなし"だから――」
アリアが、ここで言葉を一区切りする。
「今さら縋られても、結界を壊し、民を危険に晒した貴女を助けるつもりはありません」
じっと冷静にエリーゼを見つめるアリアの視線を受けて、今度こそエリーゼは沈黙して抵抗を止めた。
「…もうよい、連れていけ。沙汰は後日下す」
オズワルドかそう指示を出すと、近衛兵が三人を拘束して連行していった。
それを見届けた王妃ヴェロニカは扇で顔を隠して声を殺している。
オズワルドは、そんな彼女の肩を抱いて、たった一言アリアに告げた。
「すまなかったな。…あとはフェリクスに任せる」
「かしこまりました。父上」
それだけ言って、オズワルドたちも管制室を去って行った。
ここに残されたのは、アリアとフェリクスの二人だけだ。
「…お疲れ様、アリア」
「いえ、フェリクス殿下こそ」
あの夜、魔導結晶が完成した夜と同じやり取り。
お互いの視線が絡み合い、それがなんだか可笑しくてアリアが笑うのと同時に、フェリクスもまた笑っていた。
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断罪の翌朝、アリアはいつも通りに管制室で作業をしていた。
新しい魔導結晶の核は問題なく動作しており、魔導結界は安定している。
新型の制御陣の記録を取りながら、新しい魔導結晶の製作を進めていく。今回は非常事態だったため、核の部分だけを魔導結晶に交換したが、最終的には全ての魔石を魔導結晶に変えるのが、当面のアリアの目標だからだ。
そうすれば、魔力供給は月に一度まで減らせるというのが、アリアの出した結論である。
午前の執務を片付けていると、国王の執務室まで来るように言伝が入った。
通されたのは、執務室の更に隣の小さな部屋で、呼ばれたことすら周囲に発覚しない、内密の話をする時にだけ使われる部屋だった。
オズワルドはアリアが入ってくるなり立ち上がり、そのまま、深く頭を下げる。
「……アリア。長い間、苦労をかけた」
――アリアは一瞬、返す言葉を失った。
国王が臣下に頭を下げる。しかも、たかだか一令嬢に対して。それがどれほどのことなのか、わからないほどアリアは子供ではない。
「陛下、お顔を——」
「いい。これは王としてではなく、お前の父親の盟友として、謝罪させてくれ」
国王はゆっくりと顔を上げた。その顔に刻まれた深い皺に、疲労の色が色濃く出ている。
「お前が一人で背負っているのは知っていた。だが、下手に手を打てば派閥争いが激化する。内乱が起こりそうな程の事態に、静観するしかなかった。馬鹿息子のことも……もっと早く、けじめをつけるべきだった」
「陛下が謝ることでは——」
「いいや、けじめはつけなくてはならない」
静かな、でも、はっきりとした声は、国王としてではなく、婚約者に迷惑をかけた一人の父親としてのものだった。
その重さに、アリアは口を閉じる。
悪いのはイライアスであり、オズワルドはずっとアリアのことを気にかけていてくれたことには、何の疑いもない。そんな陛下にこれ以上の心労をかけるのは、アリアにとって本意ではなかった。
なので、アリアは素直に謝罪を受け取って、この話を終わりにしたのだ。
オズワルドはしばらく間を置いて、それから一転して表情も穏やかに話を続けた。
「フェリクスのことを、頼む。あの子にも色々と苦労をかけてしまったが、儂の知らぬ内に、随分と成長していたようだ。アリアか隣に立って手を取り合ってくれれば、きっとこの国はもっとよくなると、儂は思っておる」
「隣、ですか」
「王太子妃、としてな」
オズワルドの言葉を聞いて、アリアは少し考えてから、口を開いた。
「……善処します」
オズワルドは小さく笑った。
アリアが「善処します」と言う時は、少し間が空くのは、前向きな答えの時なのだと、長年の付き合いで知っているからだった。
オズワルドの執務室を後にしたアリアは、中庭の前で偶然フェリクスと会った。正確には、中庭にいたフェリクスに、呼び止められたのだった。
「どうされましたか?」
「父上が、何か貴女に失礼なことを言っていないか、心配になりまして」
「失礼なこととは?」
なんでもない様子のアリアの反応を受けて、フェリクスは口を閉ざしてしまう。彼は一瞬だけ目を閉じるが、何か意を決したように、まっすぐにアリアの目を見た。
「…せっかく兄との婚約が無くなったのです。貴女はこれ以上、王家に縛られなくてもいいのではないかと、私は思います」
思いもしないフェリクスの言葉に、今度はアリアが沈黙する番だった。貴族の結婚とは、そういうもののはずだ。それが王家となれば尚更なのに、それを自ら手放そうとしている。
フェリクスは、何でもないように言葉を続ける。
「魔道具を作成している時の貴女は、とても楽しそうでした。今まで我が王家に苦労させられた貴女には、今後は自由に過ごしていただくことこそ、本当の意味での貴女への謝罪なのではないかと、私は思うのです」
まっすぐな、ただ純粋にアリアを思う言葉。その言葉は、アリアの凍りついた心を溶かすには、充分な熱を持っていた。
(善処します…か)
陛下に返した自らの言葉を思い返して、アリアは思わず笑ってしまった。フェリクスと一緒に過ごした二日間は、アリアにとっても楽しい時間だった。
――願わくば、ずっと続いて欲しいと思うほどに。
(ああ…そうだったのね)
すとん、と、アリアの胸につかえていたものが、落ちる音がした。
アリアは既に、フェリクスのことを気になり始めていたのだ。全ての枷が外れた今、ようやくそれを自覚できるようになったのだった。
「フェリクス殿下」
「なんだい?」
「善処します。…陛下にはそうお答えしました」
少し間をおいて、そう言うアリアの笑顔は、月の光のように柔らかく輝いていたのだった――
こちらで完結となります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
※追記
誤字の修正と共に、少しだけ内容を修正しております。
報告していただき、ありがとうございます!




