第三話
その知らせが届いたのは、翌朝のことだった。
御前会議を終えたアリアが、第六十七拠点の調整を終えた頃には、もうどっぷりと日は暮れていた。
管制室の前には、置かれた食事はもうとっくに冷めていて、ひと息吐いたアリアがそれを食べ終わると、急速に眠気が襲ってきたのを覚えている。
このまま別の作業をしようとしていたアリアだったが、昼間に色々とあって疲れたのだろうと、管制室の隣にある仮眠室で少しだけ休むつもりだったのだが、気がつけば朝になっていたのだ。
ノックの音に起こされたアリアが、仮眠室の扉を開けると、そこに立っていたのはマリエルだった。
「どうかされましたか?」
エリーゼの侍女であるマリエルは、確かウェルズ男爵家の次女だったはずだ。いつものような、どこかアリアを見下している態度のほかに、いつもとは違う笑みを浮かべている。
その表情は、まるで子供がいたずらをした時のような、何かを楽しんでいる顔だった。
「アリア様、大変ですわ」
その言葉に反して、マリエルの表情は楽しげだったが、アリアは気にしない。こういう時には"聖女様"が何か企んでいるのだと今までの経験で知っているからだ。
「聖女様がお悲しみのあまり、これまで維持していた『魔導結界』の制御石を抜き取ってしまわれましたの。今すぐにアリア様が膝をついて許しを請うのなら、お返しなさるとのことですわ……」
一瞬で、アリアの脳裏に、昨日の御前会議の出来事が思い起こされる。エリーゼが立ち去った後、会議を放り出して聖女を追ったイライアスの後姿が。
(困った方々ですね…)
王族であるイライアスには、一日で投げ出したエリーゼとは違い、結界制御陣の基礎知識がある。
魔石は長年使っていれば劣化していく。その為、いつでも交換できるように、魔力を半分籠めた予備が用意してあった。
だが交換の度に警報が鳴ってしまっては、国民に不安を与えてしまう。なので、交換時には、警報を一度切る手順が必要だった。
当然、制御陣の管理者にはその手順が伝えられている。今、それを知っているのは、アリアの他には国王、王妃、王太子の三人だけだった。
アリアがマリエルを扉の外に立たせたまま、管制室に続く扉を開けると、床の魔法陣の輝きが消えているのが見て取れる。
――それだけで、アリアには充分だった。
「……本当に、やったんですね」
「聖女様はとても傷ついていらっしゃいますもの。アリア様が昨日、あんなひどいことをおっしゃったから」
マリエルはその笑みを崩さないままに、アリアの顔をじとっと見ている。アリアが狼狽するのを待っているのだ。
主であるエリーゼから、どんな反応をするのか報告するように言われているマリエルは、その瞬間を今か今かと待っていた。だが、
「承知しました」
アリアはマリエルの方に振り返ると、それだけを言って仮眠室のドアノブに手をかける。
「……え?」
「陛下には私から報告します。下がっていいですよ」
マリエルが、その言葉に反応できずに口をぱくぱくさせているうちに、仮眠室の扉は閉められていた。
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アリアの報告を受けた国王オズワルドは、深いため息を吐いた。
ここは王の執務室で、今はアリアしかいない。あまりの事態にオズワルドは、側近すらこの場を辞させていた。
「…まさかそこまで愚かだったとは」
「申し訳ありません。私が油断したせいで」
「いや、まさか王宮内で薬まで盛るとは思うまい。…それで、民への影響は」
「緊急連絡は入っていないので、現時点では問題ないかと。結界の修復は三日あれば何とかなります。これを期に、以前より話していた計画を進めても宜しいでしょうか」
「それも含めて三日か?」
「はい」
国王の問いに、アリアは淡々と答える。オズワルドは彼女の顔をしばらく見つめ、それから静かに言った。
「……アリア。お前は怒っていないのか」
――少しの間。
「怒っています」
やはりアリアは淡々と答える。
感情のままに動いて赦されるのは、何も知らない子供の頃だけだ。五歳で王家に目をつけられたアリアは、そのことが骨身に染みている。
「ただ、今は怒るより前にやるべきことがあるので」
オズワルドはそんなアリアを見て、何かを言いかけたが、やめた。
小さい頃からアリアは、ずっと王家の期待を一身に受けて、それに答えてきた。なのに、その伴侶となるべき息子が、彼女に負担をかけ続けている。
王太子である息子が今回しでかしたのは、もはや見過ごすことはできない王国の存亡に関わる失態だ。
そんなアリアにかけようと浮かんだ言葉は、彼女の献身に比べて、あまりに軽く思えたのだ。
だから、オズワルドはただ重く、頷く。
「頼む。お主の提案の全てを認める」
「…善処します」
アリアは臣下の礼をとると、管制室へと戻っていったのだった。




