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第二話


 王宮の廊下を歩くと、侍女たちのひそひそ声が聞こえてくることがある。


 確かに、常に魔力量には気にかけていなければならないが、もし魔力の均衡が崩れそうになった際には、王宮中に警報が鳴り響くようになっている。


 今日は午後から、月に一度の御前会議があるので、アリアは管制室から出てきたのだった。


 因みに、食事は部屋の前に運んでもらえるので、自分の好きな時に食べられるのは、アリアにとっては助かっている。


「今日もまた、聖女さまはイライアス様と仲睦まじく過ごしているそうよ」


「そうね。あの二人のお並びになる姿、なんて美しい…」


「教会で祈りを捧げながら光を纏う姿は、まさに聖女さまですわ」


 婚約者である王太子が、聖女と共に行動していると聞いても、アリアは歩調を変えなかった。


 魔力供給という仕事を、一日で投げ出したエリーゼは、イライアスを連れて教会や孤児院に顔を出して、民衆の為に祈りを捧げるようになった。


 白い衣をまとい、礼拝堂で膝をつき、民衆の前で穏やかに微笑む。自らの魔力を纏って祈りながら光輝くその姿に、王国中の人々が熱狂した。


 ――アリアには、正直よくわからない。


 そんな事に魔力を使うなら、少しでもいいから魔石に魔力を供給して欲しい。


 しかも、王都では今、聖女の祈りが結界を強化している等という話まで広がっているそうだ。


(そんなこと、何の関係もないのに)


 その為に聖女が非常用の魔力回復薬を持ち出してしまうので、アリアの負担は減るどころか、増すばかりだった。


 だが民衆が求めているのは、分かり易い「救いの象徴」なのだろう。それは理解できる。理解はできる。


 ただ——


「アリア様、少々よろしいでしょうか」


 廊下の角で、聖女の侍女に呼び止められた。その丸い顔に張り付いた愛想笑い浮かべて、その視線には何か含むものが感じられる。


(たしか、マリエルでしたっけ)


 アリアが足を止めると、マリエルは、不躾に話し始めた。


「聖女様が、管制室からの作業音が気になって、昨晩もなかなかお眠りになれなかったそうです。もう少し配慮していただけませんか」


「……管制室の作業は、魔導結界を安定させるための処置です。停止すれば結界の維持そのものに支障が出ます」


「それはそうかもしれませんけれど、聖女様のお体も王国にとって大事なものでしょう?」


 本来ならば、公爵令嬢であるアリアに対して、こんな態度は許されるはずはない。


 だが、"聖女の侍女"という立場はそれなりに強固であり、聖女様のためにというお題目を掲げれば、多少の無礼が許されるのが、今の王宮の実情だった。


「善処します」


 アリアは間髪入れずにそう答え、それ以上は何も言わなかった。言っても意味がないことを、この一年で学習していたからだった。


---


 午後、御前会議が始まる時間になった。


 今回の議題は、今後の防衛費の予算配分だ。アリアは、魔導結界の運用についての資料を事前にまとめていた。


 まずは、アリア一人で支えている為、結界の魔力の維持効率が十八パーセント低下していること。


 次に、「聖女の儀式」に使われる魔力回復薬が増え続けていて、このままでは備蓄が無くなり、非常事態に対応出来なくなること。


 国王オズワルドはアリアの報告を静かに聞いていた。五十を過ぎた顔には、深い皺が刻まれている。アリアを見るその目には、よくよく見れば労りの色が浮かんでいた。


「聖女様、祈りの儀式を行うのは構いません。ただ、備蓄の魔力回復薬の使用は控えていただけませんか? このままですと今後の魔導結界の維持に重大な懸念が生じます」


 ――アリアが直接、そう申し述べたその直後だった。


「——ひどい!」


 エリーゼがそう嘆きながら椅子を揺らして立ち上がる。その大きな瞳にはみるみるうちに涙が溢れ、その場の空気が一瞬で凍りついた。


「私はみんなのために祈っているのに、アリア様はいつもよくわからないことばかり言うのね! そんないじわるをしないで!」


 エリーゼの悲痛な叫びを聞いたイライアスもまた、即座に立ち上がって、心配そうに彼女に声をかける。


「エリーゼ、落ち着いて——」


 と聖女に声をかけながらも、イライアスはアリアへ非難の視線を送っている。第一王子のその態度に、重鎮たちは視線を泳がせ、誰も口を開かない。


 エリーゼは椅子を蹴ってずかずかと歩き出し、その勢いのまま会議室の扉を開け放った。


「もういいわ、アリア様が謝るまで、私は戻りませんから!」


 バンと、扉が勢いよく閉まる。


「エリーゼ! 待ってくれ!」


 慌ててイライアスも聖女の後を追って会議室を出ていった。


 ――室内に残されたのは気まずい沈黙。


 ふぅ、とアリアは深く息を吐いた。去り際にああ言われたが、アリアはエリーゼを追わなかった。


(…そもそも追う理由がないわ)


 今は公の場である。王を御前とした会議の場で感情のままに動くエリーゼの心理は、アリアには理解ができなかった。


 幼いころから王家に見出されたアリアは、感情で動くのが赦されるのは、せいぜい何も知らない子供の頃だけだということが、骨身に染みていたからだ。


 もう一度小さく溜め息をそっと吐いて、アリアは国王オズワルドの方へ向き直り、静かに口を開いた。


「陛下。聖女さまには冷静になる時間が必要かと存じます。いつまでも甘やかすだけでは、国の防衛はままならなくなります」


 再び、会議室に沈黙が訪れる。


 オズワルドは、疲れたように目を閉じ——それから、深く、深く頷いた。


「……その通りだ。アリア、そなたにばかり負担をさせてすまぬな」


 国王の謝罪に、今度は重鎮たちがどよめいた。特に、ルーシェル侯爵家をはじめとした一派の動揺は激しかった。


 目の前で、自らの派閥が押し出している"聖女"の失態を、公の場で初めて国王に謝罪をさせてしまったからだ。


 その謝罪の言葉が、思いのほかアリアの胸に刺さる。聖女に振り回されるのはいつものことだったのに。


 それでも、王の言葉は、アリアの苦労を見てくれているという事実は、アリアの心を少しだけ救ってくれたのだ。


 窓の外を見れば、王都の空は青かった。


 結界の第六十七拠点の調整は、至急に対処しなければならない。


 他に誰にも頼めないから、アリアがやるしかない。



 ただ、それだけのことだった。



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