第14話:阿久津の不機嫌、凛華の焦燥
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順調だった共鳴関係に訪れた、初めての亀裂。
「俺の機嫌」がすべてを左右する世界の残酷さが、凛華の心を追い詰めていきます。
人目を憚らぬ独占欲を晒した後の、冷え切った放課後。
特別音楽室の空気は、これまでのような甘い官能ではなく、刺すような緊張感に支配されていた。
「……阿久津君。どうして、そんな顔をするの」
ピアノの前に座る凛華の指先が、鍵盤を空しく叩く。
奏でられる音は驚くほどに平坦で、死んでいる。
目の前にいる阿久津の表情は硬く、その心は厚い氷に閉ざされたかのように沈黙していた。
「佐藤さん、昼間のあれはやりすぎだ。田中さんまで怖がらせて……俺は君の所有物じゃないんだぞ」
阿久津の口から漏れた、初めての明確な拒絶。
その瞬間、共鳴パスを通じて凛華の内に流れ込んできたのは、凍えるような『不機嫌』という名の濁流だった。
「っ……、ぁ……! やめて、そんな……そんな冷たい感情、流さないで……っ!」
凛華は胸を掻きむしり、その場に崩れ落ちた。
阿久津が心を閉ざし、負の感情を抱くたび、彼女の魔力回路には針で刺されるような激痛が走る。
才能の源泉であったはずの彼が、今は彼女の神経を逆なでする最悪の毒薬へと変貌していた。
指先が震え、魔力の色がどす黒く濁っていく。
「お願い、阿久津君……。怒らないで、私を嫌わないで……。私が悪かったわ、だから……っ」
彼女は床を這い、阿久津の靴に縋り付いた。
女王の矜持など、もう欠片も残っていない。
彼が機嫌を損ねれば、自分はピアノを弾くことすら、呼吸をすることすらままならなくなる。
その絶対的な恐怖が、凛華の心を急速に追い詰めていく。
「……今日はもう帰るよ。少し、頭を冷やしたほうがいい」
阿久津が冷たく手を振り払い、背を向ける。
閉ざされた扉の音とともに、凛華の視界から光が消えた。
残されたのは、かつてないほどの『飢え』と、彼なしでは生きていけないことを骨の髄まで理解させられた、惨めな抜け殻だけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
阿久津君が不機嫌になるだけで、凛華の才能は毒へと変わる。
この絶対的な力関係の逆転が、彼女の執着をさらなる深淵へと導きます。
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