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ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に  作者: 犬上義彦


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(6-4)


   ◇


 悠輝が自宅でTシャツ短パンになってくつろぎながら動画編集をしていると、蒼也から電話がかかってきた。


「やあ、何か用?」


「今帰ってきたら、朝出しておいたクリーニングが返ってきてたんだが、ポケットの中にコンドームが入っていたらしい。おまえ、何かしただろ」


「うん、パーティーのときに、蒼ちゃんが遠慮するから、入れておいたんだよ」


「よけいなことするなよ」と、釘を刺しつつ、蒼也の声は抑え気味だった。「それよりもさ、このクリーニングがソファの上に投げ出されていたんだ」


「もしかして」と、悠輝が唾を飲む。「翠ちゃんが見つけたってこと?」


「そうなんだろうが、部屋にいないんだ。うちの運転手は職場から送ってきて、俺の方に来たから居場所は分からないと言っている」


「勘違いして出て行っちゃったのか」


「どうもそうらしい」


 とんでもない誤解を生んでしまったことを悟って悠輝は叫び声を上げた。


「うわあ、どうしよう。ごめん、蒼ちゃん」


「俺から連絡しても返信がないんだ」


「GPSとかで探せないの?」


「そんなの設定してるわけないだろ」


「分かった。僕が連絡する。必ず探すよ」


「頼む。俺はこれからまた会議があって時間が取れない」


「ホント、ごめん、蒼ちゃん」


 震える手でスマホを握りしめた悠輝はいくつかメッセージを送ると、すぐに着替えて部屋を出た。


   ◇


 感情のままに飛び出してきたものの、翠には行くあてなどなかった。


 夕暮れの時間帯になっても気温はまだ三十度を下らず、街路樹の日陰を選んで歩いていても汗が噴き出してくる。


 ただ、汗を拭くふりをしながら涙をぬぐえるのがありがたかった。


 蒼也からメッセージは来たが、開ける気にならなかった。


 悠輝からも何度かメッセージが送られてきたものの、おそらく蒼也から頼まれたのだろうと、放置しておいた。


 頭がのぼせたようにぼんやりしてきて、道路脇の緑地に置かれたベンチに腰掛けたところで、またスマホが光る。


 ――お父さん?


《元気にしてるか? 父さんは夏風邪引いちゃったよ。遅れてきた夏バテかな。歳のせいとは言わないでくれよ》


 ――へえ、風邪引いてたんだ。


 そういえば、お父さん、大学が休みになると気が抜けるのか、春はインフルエンザ、夏は頭痛で寝込んでたときが多かったな。


 何か体力つけるものでも食べさせなくっちゃ。


 果物を買って実家へ向かうと、玄関前にいたのは悠輝だった。


「なんでここに?」


 口をとがらせる翠に、悠輝が直角に腰を折って謝罪する。


「だましてごめん。僕にも返信がないから、蒼ちゃんからお父さんに連絡を頼んだんだ」


 ちょっとやつれた表情の父が顔を出して二人の間を取りなす。


「だましたわけでもないよ。具合が悪くて食欲がなかったのは本当だからね。父さん、女の人に嘘はつけないんだ。母さんには結婚前に一度だけだまされたことあるけど」


「え、あるの!?」「あるんですか!?」


 二人とも話の流れなど放り投げて食いついてしまった。


 父は頭をかきながら笑っている。


「大きな書店で買い物しようって誘われて出かけたら、おしゃれな服屋さんに引っ張り込まれてね。あれこれ試着させられて、本代が全部服に化けたよ。ほら、父さんそういうセンスゼロだろ。よっぽど気になったんだろうね」


 ――なんの話よ。


 そんなことだろうとは思ったけどね。


 だけど、空気を読まないのろけ話のおかげで高ぶっていた気持ちが鎮まり、翠は果物を父に押しつけると、悠輝と二人で応接間に上がって話を聞くことにした。


 ソファに腰掛けると、悠輝は単刀直入に話を切り出した。


「蒼也のポケットに入っていたあれを入れたのは僕なんだよ」


「そう言ってくれって頼まれたんでしょう。親友だから庇ってるんですよね」


 上体を前のめりに起こして悠輝が手を両手を振る。


「違うってば。あれは本当に僕のなんだって。あのパッケージ、水色がかった銀色で、極薄0.01mmって書いてあっただろ」


「まあ、そうだったような気がしますけど、だから、そんなの証拠にならないじゃないですか。蒼也さんが前から使っていたのを見て知ってただけかもしれないんだし」


「あいつは翠ちゃん一筋だって」


「どうして断言できるんですか」


「だって、僕、翠ちゃんよりあいつとの付き合い長いんだよ。付属幼稚園の年少組から一緒なんだから」


「それはそうですけど、悠輝さんだって、社会人になってからのことは、全部知ってるわけじゃないですよね。アメリカだって短期留学だったし。レイナさんとか、他にもいろんな人が……」


「ないよ」と、食い気味にかぶせる。「いるわけない」


「なんで分かるんですか」


 悠輝はうなだれながら膝の上で手を組んだ。


「だって、僕はずっと蒼ちゃんのことを見てきたんだ。蒼ちゃんの視界には翠ちゃん以外の女性なんていなかったよ。僕はそんな蒼ちゃんの視線をずっと追い続けていたんだ。その先にいるのが僕だったらいいのにって。僕だけを見てくれたらいいのにって、ずっとそう思いながら蒼ちゃんと一緒に過ごしてきたんだから」


 翠はハッと息をのんだ。


「そうだよ。僕は蒼ちゃんの一番の親友なんだ。でも、だからこそつらいんだ」


 重たい沈黙が二人の間から言葉を奪っていた。


 しばらくして、ため息とともに悠輝がぽつりとつぶやいた。


「僕のせいだよね。迷惑かけちゃったな。でもさ、蒼ちゃんを信じてやってよ」


 翠はスマホに送られてきた二枚の写真を見せた。


「うーん」と、悠輝が首をひねる。「この写真、誰かが隠し撮りしたんだろうけど、不自然というか、何なのかは分からないけど気になるよね。どちらにしろ、切り抜きなら、いくらでもこんな写真は作れるよね」


 須垣との通話内容も話すと、悠輝は今回のやり口について説明してくれた。


「ふつうは、株っていうと、安い時に買って値上がりしたら売って、その差額をもうけるっていうイメージだろ」


「そういう意味では野菜の蕪と同じですよね」


「まあね」と、悠輝は笑みを浮かべながら続けた。「だけど、須垣たちのグループはわざと株価を釣り上げておいて、高いところで今度は空売りを仕掛けたんだね」


「空売り?」


「市場から株を借りて先に売っておくんだよ。値段が下がったところでそれを買い戻せば、その差額を儲けることができるんだ。プロは上がっても下がっても儲かるんだよ」


「そんなことが許されるんですか」


「元々株価が波のように上下するのは知ってるだろ。空売りも、一方的な過熱を抑制して波を安定させるためにはむしろ必要な取引なんだ。もちろん、ルールの範囲内ならね」


「でも、悪用したら?」


「もちろん違法だけど、立証は難しいかな。わざと誤解されるような噂を流して株価を操る。おそらく取り巻きたちが自発的に協力してることで、須垣自身がやってるわけじゃないから、グレーなんだろうね」


「じゃあ、公的機関に訴えても意味がないんですか?」


「むしろ、企業イメージを悪化させる悪手だろうね」


 だったら、どうしたらいいんだろう。


 翠は膝の上で拳を握りしめるばかりだった。


「果物切ってきたよ」と、父が応接間に入ってきた。


「あ、すみません。僕がやれば良かったですね」と、恐縮しながら悠輝が頭を下げる。


「本職の人にただでやらせたらまずいよ」と、父は気にせず赤いキウィを口に運ぶ。「甘くて染みるねえ」


 ――お父さん、オッサンみたいな声出さないで。


 二人からあらましを聞いた父は翠に提案した。


「問題が発生した時は、解決できることから一つずつ解きほぐしていくのが基本だ。正体の分からない相手に立ち向かう前に、確認できることから始めるんだ」


「ということは、つまり……」


「まずは、レイナさんという人に会って話を聞けばいい。ここでモヤモヤ憶測を重ねても何も解決しないからね」


 父の言葉に、翠は即行動に移した。


「悠輝さん、レイナさんの連絡先を教えてください」


「ああ、いいよ」


 翠は鞄をつかんで玄関に向かった。


「それと、車で来てますよね? レイナさんのところまで連れていってください」


「えっ、今から?」


 スマホを取り出しながら悠輝が慌てて立ち上がる。


「はい、急いでください!」


 ――時間がない。


「今度またコロッケ作りに来るから」


 玄関先まで見送りにきた父にそう言い残して、翠は暗くなった街へ飛び出した。



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